2014年1月27日月曜日

ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?=その2 (6)~(10)

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Robocon Trailer ITC Final



JB Press 2014.01.14(火)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39640

引き算の日本人、足し算のカンボジア人
開催日に向けた準備の順番に目が点
カンボジアでロボコン!?(6)

年明け早々、カンボジア情報省の大臣判断で、タイのテレビ局MCOTよりカンボジアで初の大学対抗ロボコン(以下ロボコン)の開催に関し全面的な指導をしてくれる、という申し出を受け入れることになった。

つまり、カンボジア政府としての判断ということである。
私の思いつきで動いてみたら、なんだかスゴイことになってしまったような気がする。
しかし、肝心なのはここから先なのである。

■ロボコン開催日決定。いの一番に“殿様”が差し出したものは?

情報大臣によって開催日も決定した。
2014年3月29日(土)だ。

常に「ケツ(テレビ業界用語でゴールのこと)」に向かって、何をどう作業していくかを考えてきたのが、私のようなテレビプロデューサーの仕事だ。

だから、こうしてゴールが決まると、何をいつまでにやらなければならないか、スタッフをどう組織していくか、そして何より今回の場合はどうやっていつまでに大会開催と番組制作のためのお金を集めるか、ということを考えてしまうのである。
「時間ないよなあ・・・」と思っていたら、カンボジア国営テレビ局の副局長、“松平の殿様”は1枚の紙を私に差し出した。

「これね、ジュンコさんにどうしても見せたかったのです。
これ、カンボジア・ロボコンのロゴデザイン。
私が作りました」

ああ、ロゴデザインね。
確かにそれは大事ですね。
しかも、殿様自らデザインしたそれは、びっくりするほど精巧にデッサンされていて、
「へえ、殿様ってこういうデザインの才能があったんだ」
と思わせる出来だった。

まずは、殿様が「参加感」を持ってくれたことはとても大事なことなのである。
まあ、これも一歩前進と言えるのである。

「ああ、いいですねえ、殿様。
このデザイン、グラフィックに起こしてロゴにしましょう」
と私は言って、
「で、殿様、3月29日だから、スケジュールをどうするか考えないと」
と言いかけた。
すると、殿様はこう言うのである。

「ジュンコさん、それと大事なことなんですが、賞品はどうしますか?」
え? 賞品?

正直言って、賞品のことなんか、最後に運営資金が余ったら考えようと思っていた。
もちろん賞品も大事だけれど、直前になって何とかする類のことで、それよりスケジュール管理や、スタッフ組織のことや、お金のことの方が遥かに大事だと私は考えていたからだ。

■次から次へと繰り出される提案

それなのに、殿様はこう続けた。
「ええとね、ジュンコさん、英語でなんていうのか分からないけど、優勝した人に渡すものがあるでしょう?」
と言って、何と絵を書き始める。
優勝トロフィーである。
「これは優勝した人に渡すよね」

はい、と私。
どうだっていいのに・・・。

「で、この真中のところに、プレートとか付けるでしょ。
ここに、第1回カンボジア・ロボコン優勝とか文言入れなくちゃいけないよね?」

ああ、そうね、と私。
本当にそんなこと後だっていいのに・・・。

「あの、このプレートに書く文言を刻むのは時間がかかるからね、今から考えとかないと間に合わなくなっちゃうから、早く考えよう」

分かりました。
どうでもいいけど、間に合わないなら早く考えよう。
で、次は?

「それと、参加してくれた学生の参加賞ね」
と殿様。
どこまでも「賞品」にこだわるのである。
そもそも、参加賞なんてお金が余ったら出そうと思っていたので、
「Tシャツかなんかでいいんじゃないの?」
と思いつきで答えた。

すると、殿様は真剣な表情で、
「Tシャツなんかダメですよ。カンボジアで大事なのはね、サーティフィケート(認定証)です」
と言って、自分のデスクの周りに数枚飾ってある、額に入った政府の認定印入りの認定証を指さした。
「ああいうの、全員に出しましょう」
荷物もどんどん「足して」いく。

分かりました。
おっしゃるとおりにいたします。
でも、それより大事なことが・・・。

すると、またまた殿様はこう続けた。
「ジュンコさん、競技会場となるスタジオには、大きいスクリーンモニターを入れたいんだけど」
「え! 殿様、それいくら掛かるの?」
「分からない。たぶん、1000ドル以上かな?」
あのね、と私は殿様に言う。
ロボコンを中継する番組を作るためのお金はこれからスポンサー周りをして集めるってこと、殿様だって分かってるでしょう? 
だから、大きいスクリーンモニターを使うかどうかは、集まった金額で考えましょう、と。
お金が集まらなかったら、局にある薄型テレビのモニターを集めて並べればいいじゃない。

しかし、
「小さいのは見栄えがしないからなあ」
と不服そうな殿様。

■カンボジア流は、番組構成もあくまで「足し算」

以前から気がついていたことなのだが、カンボジア人と日本人では物事を考える順番が違うようなのである。
日本人は、まず予算にしてもスケジュールにしても全体の枠を設定する。
そこから、「引き算」と「割り算」をして物事を進めていく。

そうして、やらなければいけないことと、できること、できないことの優先順位を決めて、最低限のエネルギーで「ケツ」に到達するように進行してゆくのが普通である。

ところが、カンボジア人は、最初からいきなり「足し算」と「掛け算」なのである。
「あれもやりたい」「これもやらなくちゃ」と、優先順位をあまり決めずに思いついたままばらばらと足したり、掛けたりしていく。

事が差し迫っていても、ずっと増やし続けていくのである。
だからやってみて、「ああ、できませんでした」というようなことが直前になって露呈しても、なんとなく「えいや!」と力技でやってしまったり、いきなりドラスティックに根本から方針を変えてしまって、「ケツあわせ」をして事を済ませる。
それがカンボジアのやり方のようなのだ。

以前、生放送のニュース番組を殿様と一緒に立ち上げた時もそうだった。
殿様率いる国営テレビ局チームは、番組の総尺(CMなどを除いた純粋な放送時間。
ちなみに、カンボジアの国営放送局はCMが入る)の時間を出さず、構成台本に目安となるタイミングを全く入れずに前日までリハーサルを繰り返した。

横で見ていた私は気が気ではない。
とにかく、総尺が何分で、各コーナーに何分時間を割り当てることができるのか、その目安を「引き算」と「割り算」で出してからでないと番組など作れない、というのが日本のテレビの常識だったからだ。
それで、本番放送の前日になって、私はガマンできずに殿様にそう提案したのである。
すると、殿様は驚くべきことにこう言い放った。
「ジュンコさん、カンボジアではそういうやり方はしません。
まず、それぞれのコーナーを何分ぐらいにしたいか考えます」

ふむふむ。
「そして、それを全部足し算します」
はいはい、足し算してみました。予想通り、総尺より10分以上短いのである。
すると、今度は、殿様はその足りない分をまたいろいろなコーナーにちょっとずつ足していったのである。
放送日前日に及んで、まだ「足し算」のカンボジアなのである。
最初から総尺を出して、コーナー数で割り算して、そこからコーナーの尺調整をしていけばいいじゃないかと日本人の私など思ってしまうのであるが、どうしてもカンボジア人はそうは思わないようなのだ。

というわけで、どうもこれから殿様と私の「足し算」「引き算」バトルが始まりそうな感じである。

間に合うかどうかの瀬戸際でこれをやられると、典型的日本人の私などかなり神経的に参ってしまうのだが、とにかくカンボジア・ロボコンの主役はカンボジアの人々ですから、ね。

しかし、間に合うのか? 「足し算」で・・・。



JB Press 2014.01.20(月)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39684

どうすれば成功体験のないカンボジア人を動かせる?
ニワトリが先か、タマゴが先か?
いや、親子丼だ!

カンボジアでロボコン!?(7)

カンボジアで初の大学対抗ロボットコンテスト(以下、ロボコン)まで、あと2カ月ちょっとだ。
開催が情報省によって正式に決まったのはいいのだけれど、本当に2カ月ちょっとで大会ができるのか? 
やってみせるけど、ホンネはちょっと不安なのである。

■大会をどう組織するか、十人十色のアドバイスに混乱

なぜならば、ロボコンをやるために大会を組織するというのがどういうことなのか、私も含めて本当のところは誰も経験したことがない。
しかも、ここはカンボジアだ。
そこで、カンボジアに長く住んでいる日本人や企業の方々に、当初いろいろ意見を伺った。
皆さん口々に、「カンボジアでロボコン、素晴らしいですね」と言う。
絶対企業もお金を出してくれて、良いイベントになりますよ、とエールをいただく。

でも、そこから先がみんなばらばらなのである。
ある人は、カンボジア政府のどこかの省を動かしてそこから体制を整えてからやるのがいい、と言う。
ある人は、まず企業、カンボジア人社会、学校、そして日本人社会でスクラムを組む形の体制を作った方がいいと言う。
また、ある人は大きな援助団体と組んではどうか、と言う。
別の人は日本企業をがっちり掴まえてそこから組織を作れ、と言う。
いずれにしても、何につけても時間がかかるこの国で、組織を作るだけでも軽く半年や1年はかかりそうなのである。


●ロボットを製作する学生たち(写真提供:筆者、以下同)

というわけで、カンボジアはいつも混乱気味だが、今回は、我々アシストする側の日本人だって大混乱だ。
聞けば聞くほど、どうすればいいのか分からなくなる。

勿論、JICAに所属する自分の任期のこともある。
私のカンボジアでの任期は今年の6月までだ。

一緒にやっている德田さんは3月。
大会開催日まではいられない。
平松さんは一番遅いが、それでも来年の3月までだ。
だから、自分たちの任期中に開催したいという思いは当然ある。

しかし、最も私が気になっていたのは、ほとんどのカンボジア人にとってロボコンは「未知のもの」であるということだ。
見たこともないものを作り上げるために、お金を出したり、労力を掛けたりして、組織を作り上げることができるだろうか。
しかも、長いレンジで「技術力やチームワークを育てる」というのがビジョンのロボコンだが、1年でエンジニアが育つ学校を作りますとか、企業誘致が確実にできます、と言った類の話とは違うのだ。

■将来に対する予測や想像を可能にするもの

ロボコンとはなにか? 
といえば、学生たちがロボットを作り、そのロボットを競わせる。
それは見ていて、とても楽しいですよ。
楽しみながらロボットや技術に対する興味も広がるし、毎年開催することで、参加する人たちの技術力も上がっていきますよ。
そうすると、将来的にカンボジアの「モノづくり」を担う人材が育っていくかもしれませんよ、ということだ。
こんなに気の長い話、見たこともないのに組織しろって方が無理なんじゃないの?
というのが私の正直な感想だった。

だったら、やはりどんな規模でもいいから、まずは目の前でやってみせて、「楽しい」ということだけでも実感してもらった方がいいのではないか。
未知のもののために組織を作るなど、ちょっとこのカンボジアの人たちには難しいのではないか、というのが私の1年半の滞在での彼らに対する実感だったからだ。

 ここから先は、全くの私見である。

彼らと接してきて思うのは、 
 カンボジアの人には、「経験」や「実践」が伴った「成功体験」の実感が欠けている、
ということだ。
それは、この国の悲劇的な歴史と関係があるのかもしれないし、圧倒的な貧困から来ているのかもしれないし、その両方かもしれない。
それは個人もそうなのだが、もっと言えば社会全体としての
 「成功体験の実感」を積み上げてきていないし、伝承されているものもほとんどない。
この、積み上げや伝承がないというのはどういうことかというと、個人も社会全体としても、将来に対する予測や想像ができにくい、ということだと私は思う。

つまり、経験がないのだから想像ができない。
伝承が分断されているから予測がたちにくい、ということであるような気がするのだ。
だから、千の言葉を並べて、
「ロボコンは面白いし、カンボジアの将来にも役に立ちそうですよ」
と説明したところで、それに似た類の成功体験や伝承がほとんどないんだから、実感しろ、と言う方が無理なのだ。
ということは、やっぱりロボコンをやってみせちゃおう。
目の前でやってみせて、「ほら、面白いでしょ?」と言うのが一番の早道だ。
そして、大会を作り上げながら、組織も作り、ロボコンがどういうものなのかも知ってもらう。
つまり、タマゴが先か、ニワトリが先かじゃなくて、タマゴもニワトリも一緒に食べちゃう親子丼方式である。

■広報しながら内容を考える

そういうわけで、走りながら柔軟に考えるというのを今回のやり方にした。
例えば、大会組織については当初と今ではずいぶん変わっている。
最初は、漠然と国営テレビ局主催でやると考えていたのだが、どうもそれではいろいろなことに矛盾が生じてくるような気がしてきたからだ。
そこで、大会自体は参加大学が自立的に運営をする組織を作って、自分たちで継続的に大会を開催していけるような形式を取ることにした。
こういう教育的な趣旨に賛同してくれる人々や企業からの寄付を募り、そのお金を元にして大会を開こうというものだ。
そして、我が国営テレビ局はその大会を収録して放送する。
そのための原資はテレビなんだから広告料で賄う(この国の国営テレビ局ではCMが流れる)。
番組に広告を出したいという企業から広告料の対価として制作に充てる資金をいただく。
当然テレビはメディアなのだから、できるかぎり事前取材もして、事あるごとに大会の広報をしていこう、ということになった。

そうなのだ。
まだ出来上がっていないのに、そしてどういう規模のものになるかホントは誰も分かっていないのに、広報しなくちゃいけないのである。
広報には、ずいぶんこちらの日系企業の方たちにお世話になっている。
日本語情報誌「プノン」や、日本人がカンボジア人向けにクメール語で刊行している情報誌「NyoNyum Khmer」(NyoNyum Web参照)などにも、記事として書いていただいた。
それを見て、スポンサーになりたい、寄付をしたいという問い合わせを頂戴したこともある。

さらに、カンボジア・ロボコンは毎年継続的にやるんだからオフィシャルウェブサイトを作ろうということで、これは既に昨年の10月からオープンしている。
日本人のデザイナーと、その仲間のJCグループの人たちが制作し、日々更新してくださっている。
しかし、「広報したい情報があってこそ」の広報なのである。
当初は「ロボコンやります」以外ほとんど何も決まっていなかったので、掲載する情報がない。


「開催日はいつですか?」

「開催場所はどうします?」

「参加大学は? 参加チーム数は?」

「ロボコンの競技内容やルールは?」

「寄付金の問い合わせは誰にすればいいんですか?」

「参加チームの応募締め切りはいつですか?」

などなど、矢継ぎ早にいろいろなところから質問が来て、そのたびに、
「ああ、そうか、これもやらなくちゃ。あれも決めなくちゃ」
という状態で、広報のために決めたことも多々あった。
だから、やっぱりタマゴが先でもニワトリが先でもなくて、両方やりながら考えてよかったと今は思っている。

ということで、もう一度ここに今、決まっていることを広報します。

●.コンテスト開催日:2014年3月29 日(土)

●.開催場所:カンボジア国営テレビ局第1スタジオ

●.参加大学:ITC(カンボジア工科大学)、PPI(プレアコソマ工科総合専門学校)、NTTI(国立技術訓練専門学校)、NPIC(カンボジア国立工科専門学校)、他全60チーム(予定)

(注)カンボジアの工科系専門学校は短大、大学、大学院とコースが分かれている総合学校

●.コンテストルール:ライン・トレース・ロボット(盤上の白いラインの上を正確にトレースしてその速さを競うもの)

ということで、参加申し込みは既に締め切りました。

 
●ライン・トレースの競技盤。カンボジア・ロボコンではライン・トレース・ロボットで競技を行う

あ、予選の日程決めなくちゃ。
予選の内容も決めなくちゃ。
ちなみに、部品がまだ日本から届きません。
ロボコン番組の広告も募集中です。
ああ、ドキドキ・・・!



JB Press 2014.01.27(月)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39754

「カンボジアの東工大」で見た驚きの光景
ドキュメンタリー撮影に目もくれない学生たち
カンボジアでロボコン!?(8)

この原稿を書いている時点で、カンボジア初の大学対抗ロボットコンテスト(以下、ロボコン)まであと2カ月少し。
それなのに、肝心の参加学生たちがロボットを作るためのパーツがまだ届かない。
昨年末に届いている前提でもろもろの予定を組んだため、一番確実と思われた日本で購入、送付という手段を取ったのに・・・である。
こちらから取りに行くわけにもいかず、こればっかりは待つしかない。

■当初はロボコン参加を断った、誇り高き「カンボジアの東工大」

こうなったら、パーツ到着が遅くなっても、大会全体のスケジュールを変えずに、どうやって間に合わせるかを考えるしかないのだが、正直、自分でロボットな んか作ったことがないので、ロボットを作るのにどのぐらい時間がかかるのか、そしてその検証の時間をどのぐらい見ておけばいいのか、全く見当がつかないの である。
それでいながら、参加大学からは「いつパーツが届くのか?」と催促が来る。
こっちだって、いろいろな広報をする都合があるし、各大学がロボットを作っているドキュメンタリー映像を押さえて事前にロボコンの宣伝のための番組を作ろうとか、ロボコン本番のスタジオに映像を流したいと思っているから、早く学生たちに作り始めてほしい。

それで、ロボコンの専門家である平松さんにお尋ねしてみる。すると、平松さんはこう言うのである。
「待つしかないよねえ。来た時に考えようよ」
本当に、平松さんがこういう人で良かったのだ。
私と一緒に気を揉むタイプの人だったら、私なんかきっと頭がおかしくなっていただろう。
それにしても着任10カ月にして、平松さんもかなりの「カンボジア化」である。

ところが、「カンボジア化」していない参加校があったのだ。
「カンボジアの東工大」、ITC(カンボジア工科大学)である。
最初に「ロボコンやるから出場しませんか?」
と声をかけた時に、
「ロボットなんか、もううちは作ってるから出場しません」
と断られ、後になって参加を表明した、あの富士山のように誇り高いITCだ。
ITCはパーツの催促を何度もしてきたばかりか、我々がドキュメンタリーの取材を依頼したところ、
「どうぞ取材でも何でも来てください」
と二つ返事で引き受けてくれた。
相当な自信なのである。

しかし、パーツもないのに、どうやっているのだろう? 
と訝りながら、我々国営テレビ局のクルーは、ようやくロボコン参加校ドキュメンタリーのクランクインを迎えたのである。

■次から次へと繰り出される「初めての体験」


●廊下で真剣にパソコン画面を見つめているカンボジア工科大学の学生たち(写真提供:筆者、以下同)

さて、ITCの中に入る。
ITCの廊下には学生たちがいて、みんな真剣にパソコンをいじって何かを見ている。
うちのテレビ局の若いスタッフは、パソコンを見ている時には音楽を聞いているか、韓国ドラマを見ているか、ゲームをやっているか、フェイスブックをやっているかなのだが・・・ITCの学生たちは何やら真剣に難しそうな画面に見入っているのだ。
さすが、「カンボジアの東工大」なのである。
そして、我々を迎え入れてくれたのは、ロボコンの指導をしている電子工学科のケオ・リチェック先生。
我がクルーが到着するなり、「はい、これが撮影リストです」と言って紙を配ってくれた。

こんなこと初めてである。

そもそも、カンボジアの場合、約束の時間に行ってもなかなか全員が集まらない。
集まっても、そこから
「ええと、本日はこれこれこういう趣旨で、こういうお願いをしていたと思うんですが、それはどうなってますか?」
という確認から始まるのが常である。

しかも、そのリストには、
1.ロボットのボディのデザイン
2.ロボットのボディの制作風景
3.センサーのテスト
4.コーディング
・・・・・・
など、何と7つの項目が書かれていたのだ。

「あの~、これ今日全部学生たちがやってるんですか?」
と尋ねると、ケオ先生、自信の笑顔を見せて頷く。
そしてまず招き入れられたのが、センサーのテストをしている学生たちの部屋だった。
申し訳ないけれど、部屋はうちの局と変わらないぐらい雑然としていて、しかも、恐らく電気代節約のためだろう、天井の蛍光灯は3分の2ぐらいが抜かれていて薄暗い。
しかし、そこには我々カメラクルーが入っていっても、目もくれずに真剣にセンサーのテストに集中している学生たちがいた。

さらに次の部屋では、コンピューターの前にずらっと並んだ学生たち。
こちらも我々クルーには目もくれない。
真剣そのものである。
彼らはそれぞれ、ロボットのボディのデザインを担当する学生、コーディングをする学生、そしてプリント基板のデザインをする学生たちなのだという。

●モーターのテストをする学生たち

 
●撮影されていても作業に集中している

穿った見方をすれば、カンボジアの人というのは概して「外面」がいい。
こういう取材が入るという場合、いつも以上に気張って、自分たちの良いところを見せようとする。

だからこれもお膳立てされたものかも・・・と思っていたら、次に案内されたのが、こうして設計されたボディをカットしたり組み立てたりする工具室である。

工学系の工具室といえば、日本でもお馴染みの雑然とした、そして据えた汗の匂いと工具の油の臭いが混じった、あの独特の雰囲気だ。

●ボードをカットしているこの学生は我々の姿すら全く目に入っていないようだった

ところが、日本と違うのは、ここには女子大生も半分ぐらいいる。
そして、日本ではもう使われていないような古い工具を使いこなして作業が進められていた。

こちらでも、学生たちは真剣そのもの。
カメラマンが大きなカメラを担いで彼らの作業を接写しようと、私がデジカメでバシャバシャと遠慮無く写真を撮ろうと、全く視線も動かさずに真剣にボードをカットしたり、磨いたりしているのである。
れはどう考えても、彼らは先生から押し付けられて「良い子」を演じているわけではない。 自分たちの作業に本当に集中しているのである。

■学生たちの真剣さに期待がふくらむ

こんなカンボジア人がいたのだ・・・。

失礼だけどそう思った。
私が知っているのは、時間にちょっとルーズで、締め切りも守れなくて、ちょっと的が外れたことを言って周りを苦笑させるカンボジア人。

「こんなことで間に合うの?」
というようなスピードで仕事をやって、最後の数日でいきなり人がわさわさと増えて、出来はどうあれ、力技で何とか仕上げちゃうカンボジア人。

しかし、目の前にいる学生たちは全く違う。

もしかしたら・・・

こういう学生たちが参加するロボコンは、ここカンボジアで「大化け」するかもしれない。
これは、相当面白いことになるかもしれないぞ。

と、内心嬉しくなっていた私に、ケオ先生が1枚の紙を手渡した。

「これ、参加する学生の名前です。全部で15チーム」

え! もう参加学生全員まで決まってるの? 
あなたたち、ホントにカンボジア人?

そして、ケオ先生はニコニコと笑いながら、またこう私に念押ししたのだ。
「ジュンコさん、早くパーツが届かないと、学生たちがここから作業が進まないのです。
早く、一刻も早く、パーツを届けてください」

はいはい。私だって分かってるけど、私にはどうにもできないの。それにしても、カンボジア人から急かされたのは初めてだった。

ということで、これだけは神頼み。

「早く、早く神様、パーツを届けてください!」

そして、パーツは届かないが、ドキュメンタリーの番組だけは順調に制作中なのである

(番組の一部はオフィシャルウェブサイトでご覧になれます)。
http://cambodia-robocon.com/


 』


JB Press 2014.02.03(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39821

予想外の反響を呼んだロボコン予告編動画
ロボットはクメール語で何?という基本的問題も浮上
カンボジアでロボコン!?(9)


 前回も書いたが、3月29日(土)に開催予定の第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(以下ロボコン)の参加者に配るパーツはまだ届かない。
 でも、他のもろもろの準備は、「何となく」走り出してはいる。
 スロースターターのカンボジアでも、ゆっくりとだけれど確実に物事は動きだしているのである。

 国営テレビ局の副局長、通称「松平の殿様」がデザインした大会ロゴも出来上がった。
 英語表記である「Cambodia Robocon 2014」と、カンボジアの言語であるクメール語表記のものと両方作成した。
 殿様、至極ご満悦のご様子である。

■クメール語には「ロボット」を表す言葉がない

 しかし、このロゴ制作のときに問題になったのは、「ロボット」に当たる言葉がクメール語にはないということだった。
 最初にオフィシャルウェブサイトに掲載したクメール語表記は、殿様に言わせると、「人間の形をした機械」という意味合いで、今回のライントレース型ロボットのような車状の形のものは、「イメージと違う」と言うのである。

 そもそも、クメール語というのは日本語のように漢字があるわけではないので、新しい概念のものが世の中に登場すると、それを説明するような言葉を重ねてそのものを表現する言語なのだそうだ。
 例えば、日本語では一言で済む「酢」と言う言葉は、クメール語だと「酸っぱい水」。
 説明そのままがそれを表す言葉になるのである。
 だから単語そのものが長くなってしまうのだ。

 今回のようなロボットを表現しようとすると、適当な言葉が見つからない。
 ロゴにしたり、これから長く皆にその大会の名前を浸透させるのに、
 「人間の形をしてるわけじゃないけど、自分で動いちゃう機械」
みたいな、なが~い名前になってしまうのは不都合である。


●カンボジア「ロボッ」コンのクメール語版ロゴ(画像提供:筆者)

 参加大学の指導教官も含めていろいろ討議した結果、「ロボッ」という発音をそのままクメール語表記にしようということになった。
 「ロボ」でも「ロボット」でもなく、「ロボッ」である。
 もちろん、作っている学生たちは理解できるが、一般の人にはこれを機会に「ロボッ」がどういうものか、ロボコンを通して知ってもらおう、ということにもなった。
 ということで、ロボコンは、「ロボッ」という新しいクメール語も作ってしまったわけである。

 しかしまあ、ことほど左様に「ロボコンとは何か」をカンボジア人に知らしめるのは難しい。
 言葉で説明するより映像で見せたいと常々思っていた私だが、著作権の問題やら何やらで、既存の映像を見せるわけにはいかないのである。

 だから、ロボコンに向けて作業している学生たちの映像で、ロボットが動いてでもいたら、ロボコンのことを少しでも理解してもらえるのではないかとずっと思っていた。

 早く動いているロボットを撮影したい・・・。

 しかし、前回紹介したカンボジア工科大学(ITC)の学生たちだって、パーツが届かないから、自前の数少ないパーツでいろいろテストをしているのだけなのだ。

 しかも、ロボットが自律的に動くにはプログラミングをしないといけないのだそうだ。
 そしてそのプログラミングには1カ月ほどかかるのだという。
 そんなことも知らなかった私である。

 だから、我々が撮影できたのは、まだ動かす前の段階のロボットのデザインとか、プログラミングとか、センサーのチェックとか、材料の切り出し作業とか、いわば、それぞれの「分担作業」の映像だけだったのだ。

 言ってみれば、知らない人が見たら「なんのこっちゃ?」の映像なのだ。
 ただ、とにかく学生の真剣さは本当に心打たれるものがあったのは、前回ご紹介したとおりである。

■ロボコン予告編をフェイスブックにアップしたら・・・

 だったら、「この真剣な表情の人たちは何やってるの?」という映像にして、ロボコンへの興味を引き出せないか。
 「ロボッ」は最後まで謎のままにして、なんだか分からないけどスゴそうなことがあるよというコンセプトで作ってしまえばいいではないか。
 ということで、時間がないからざっと予告編風の映像を作って、まずは簡単にアップできるロボコンのフェイスブックページにアップしてみた。

 すると・・・

 アップした途端に、かつてない勢いでアクセス数が増えていく。
 ものの30分であっという間に100アクセスまで行ってしまった。
 これまで写真をアップしようが何をしようが、数日で200アクセス程度だったものが、である。
 その後アクセス数はうなぎのぼりに増え続け、アップしてから5時間後の日付が変わるころには、なんと1000を超えてしまったのである。
 いやあ、驚いた!(そして、この原稿を書いている1月30日現在、アクセス数は2449である)

 視聴率は翌日出るものだったテレビの世界で働いてきた私にとっては、自分たちが作った番組をどのぐらいの人に見てもらえるかというのは、あくまで結果でしかなかった。
 ところが、フェイスブックなどのソーシャルメディアは、それがほぼリアルタイムでどんどん世の中に「増殖」してゆく様が目の前に数字となって表れるのである。
 遅まきながら、その力をつくづく実感したのである。
 通信インフラが整っていないここカンボジアでは、情報はほとんどフェイスブックを通して発信されていると言っても過言ではない。

特に若いカンボジア人のフェイスブックへの依存度は恐らく日本のそれ以上だろう。


●自主的に集まってロボコンに向け勉強会を開く学生たち(撮影:鈴木徹郎)

 ということで、正体不明の「ロボッ」コンがカンボジアの学生たちを動かし始めている。
 そしてそれはインターネット上だけではなくて、現実にも波及している。
 例えば、参加校。正式に学校側への参加を依頼したのは、ITC、PPI(プレアコソマ工科総合専門学校)、NTTI(国立技術訓練専門学校)、NPIC(カンボジア国立工科専門学校)の4校だったが、個人でチームを組んで参加したいという学校がさらに3校増えた。
 私立大学であるメコン大学、ノートン大学、そして、「カンボジアの東大」たる王立プノンペン大学である。
 いわば、口コミやフェイスブックで広がって、学生自身が、あるいは担当教官が興味を持って自分たちの学生を参加させたいと応募してきてくれたのである。
 これは本当に嬉しい限りである。

■番組制作資金を集めるための広告営業に四苦八苦

 大会を開催するための資金も、日系企業や個人の方から温かいご支援をいただき、順調に集まり始めている。
 また、番組を制作・放送するための資金は、大会会場への広告料と番組へのCM露出という方法で集め始めている(国営テレビ局だが、CMが流れるのだ)。

 その昔、番組でご一緒させていただいた大手広告代理店がやっていた手法を見よう見まねでやって、なんでこんなに大変なんだろう・・・と溜息をつきながら、広告営業をやってみた。
 これなら番組を作る方がはるかに楽だ。
 文句ばっかり言って、言うことを聞かなかった、あの頃の私・・・。
 反省である。
 そんな広告費も、企業の方々から趣旨にご賛同いただいて、何とか少しずつだが集まりつつある。

 そして、タイのテレビ局MCOTが2月末にまずは第1弾としてテレビ制作のための人員を派遣してくることに正式に決まった。
 私がハノイで最初に会った、あのジョッキーさん自らやって来てくれるのである。

 しかしまだまだやることは山積だ。
 審査員はどうするのだ? 
 審査の方法はどうするのだ? 
 技術的なバックアップはどうするのだ?

 いろいろあるけれど、とにかくここはカンボジアなので、あまりに早く準備しようとしても、みんな忘れてしまう。
 遅すぎると対応できない。
 だからどの時点から始めるかという頃合いの見極めも重要なのである。

 ところで一番重要なパーツはまだ届かない。
 その事情については後日また機会を設けて書くつもりだが、パーツが来なかったらどうするのか。
 そろそろ神頼みじゃなく、本気でパーツが期限までに届かなかった時のことを考え始めないと、さすがにカンボジアでも間に合わないかもしれない。
 さあ、どうしよう?



JB Press 2014.02.10(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39872

タイの政情不安がロボコン開催の新たな難敵
パーツ調達に次々起こる障害で時間との戦いに突入
カンボジアでロボコン!?(10)

 この原稿を書いている時点で、とうとう2月に入ってしまった。
 カンボジアで初めての大学対抗ロボットコンテスト(以下ロボコン)まであと2カ月を切ってしまったのだ。気持ちはかなり焦り気味である。

■想像以上に複雑だったロボコン用パーツの調達

 ロボコンは、テレビで言えばゴールデンタイムの2時間の特別番組を作るようなものだ。
 今でこそ、どこの番組もだらだらと放送時間が長くなって、3時間、4時間なんていうのはざらだけれど、私が日本でテレビ番組をやっていた頃は、2時間番組というのは制作費も桁が違っていて、局の力の入れ方もいつもとは全然違う。

 とにかく、面白くて、質も良くて、数字(視聴率)が取れるものを作るというのが大命題で、準備にも最低3~4カ月、あるいはそれ以上かけて、スタッフも精鋭を集め、番組をどう作るかについては侃々諤々と議論したものだ。

 しかし、カンボジアで2時間特番並みのものを初めて作ろうとしているのに、なんだかやっぱりのんびりしているんだよなあ。
 いいのかね?

 例えば、スタジオの美術セットをどうするか。
 日本では、とにかく職人気質の美術担当がいて、
 「そんなんじゃ間に合わないよ。早く打ち合わせしようよ」
なんて叱責を受けながら、早々に打ち合わせして準備していたのに、ここカンボジアでは誰も美術セットのことなんか気にしていない。
 いったいどうなるんだろう?


●参加校の1つ、NTTI(National Technical Training Institute)でもロボットの試作は始まっている(写真提供:筆者、以下同)

 しかし、そんなことより何より、大問題なのは参加者がロボットを作るために使うパーツが届かないことだ。

 以前も書いたが、日本のロボコンはルールが細かく規定され、そのルールに従って参加者側がロボットを製作するためのパーツを自ら集める。

 しかし、カンボジアではロボットを作るためのパーツを店で購入することすらできない。
 そんなものを取り扱っている店がないからだ。

 そこで我々は、参加予定60チーム分のパーツを大会運営側が用意して、参加費(1チーム10ドル)と引き換えに渡すことにしたのである。

 そして、いろいろと可能性を考えてみたうえで、最も安全で確実な方法として日本の仲介業者を通してパーツを注文し、日本から送付してもらうということで既に数カ月前に発注をかけていた。

 我々は1月中にはパーツが届くものと楽観視していたのだが、まだ届かない。

 どうもパーツの数があまりに多く、さまざまな製造元や卸業者が関わっていること、日本の製品は材質などが細かく分かれていて、それを確認するのに手間取っていること、さらにこれだけ多岐にわたるパーツを60組揃えるのが日本ですらかなり時間と手間がかかる、ということのようなのだ。

 数組揃えるのとはわけが違うということなのかもしれない。
 つまり、機械をまるごと1台どーんと注文するほうが遥かに楽、ということなのである。

 それに、調達担当の平松さんがカンボジアにいて発注を遠隔操作しているために、やはりコミュニケーションがうまく取れないということも遅延している理由の1つであるようなのだ。

 しかし、ロボコンの開催日は3月29日だ。
 これはカンボジアの情報大臣が決定した日程である。
 さらに、ロボコンをやるために多くの個人や企業から資金や広告費をいただいている。
 だから、どんな理由であれ、遅延させるわけにはいかない。

 参加学生たちには少なくとも大会の1カ月前にはパーツを渡さなければロボットを製作する時間がなくなってしまう。
 ということは、日本からのパーツを当てにせずに、もう次の手を打たなければいけない時期なのである。

■ロジスティクスがほとんど信用できないカンボジア

 ということで、一緒に運営をしている平松さんと德田さんと3人で集まって、パーツをどうするかについて話し合った。

 私と同じJICAシニアボランティアの平松さんと德田さんは、ロボコン参加校の1つであるプレアコソマ工科総合専門学校(PPI)で指導をしているので、PPIをはじめとする参加校に対し、ロボット作りをどう学生に教えていくかについて、各校とコンタクトを取りながら進めてくださっている。

 実は、学生に教えるために必要なパーツを数組、タイの業者にインターネットで注文するよう、お二人が学校側に指導し、各大学は現在そのパーツを使って学生たちにロボットの作り方を教えているのである。

 既にオフィシャルウェブサイトなどで紹介している映像は、そうしたパーツと、大学がもともと持っていたごく限られたパーツを組み合わせて、ロボット作りを学生たちに指導している様子なのだ。

 ということは、タイで参加者用のパーツを調達するのが、次善の策だろう。


●限られたパーツで作った試作機を嬉しそうに見つめる学生たち

 しかし、問題はその指導用のパーツを取り寄せた時にも、タイからカンボジアへのロジスティクスに相当な時間がかかっていたということだ。

 しかも、同じカンボジア国内なのに、ある大学には早々に到着し、他のところにはそれより数週間も遅れて到着した、ということもあったのだという。

 とにかく、何度も書いてきたが、カンボジアという国はすべてのインフラが立ち遅れている。
 それは郵便制度も例外ではない。

 例えば、郵便物がプノンペンの郵便局まで来ていても、そこから配達をしてくれない。
 だから荷物は郵便局にいちいち取りに行かなくてはいけない。

 それも中味を点検されて、突然
 「これは何に使うんだ?」
と詰問されて高い郵便引取料金(わざわざ受け取りに行くのに、手数料を払うのだ!)を請求されたり、ひどい時には没収されてしまうことすらある。

 だから確実にものを届けたい場合、国際的なクーリエ業者を使用することもあるのだが、この料金だってバカにならない。
 そもそもあと60組のパーツを集める費用なんて想定していなかったのだ。

 お金はどうするか?
 そして、お金の問題をクリアするとしても、どうやったら確実に手元に届くのか?

■果たしてバンコクに行けるのか・・・

 ふと、タイのテレビ局MCOTのことが頭に思い浮かんだ。MCOTのジョッキーさんたちは、2月末に2泊3日でカンボジアに第一弾のロボコン運営指導にやって来ることになっている。

 私はその限られた彼らの滞在をスムーズに行うため、彼らの来カン(来日ならぬ「来カンボジア」のこと)に先立ち、2月中旬にバンコクに行って、詳しく打ち合わせをしようと思っていたところだったのだ。

 MCOTに協力を仰ごうか・・・?

 もちろん、MCOTにパーツを手配してもらおうなどと、そんな虫のいいことを考えているのではない。
 タイにパーツを注文することは、カンボジアにいてもできるのだ。
 問題はタイからカンボジアにやって来るまでのほんの数百キロの輸送が確実ではない、ということなのである。

 ならば、まずMCOTにパーツを届けてもらうようにこちらで業者に手配して、各大学の代表者に自分たちの分のパーツをバンコクのMCOTまでバスに乗って取りに行ってもらうことにしたらどうだろう?

 ということで、平松さんと德田さんは、早速、各大学への説明と取りに行く時間を割くことが可能かどうかの打診に入っている。

 そして私は・・・、またしてもタイの政情不安の壁である。

 ご存じのようにタイでは11月からずっと反政府デモが続いている。
 だから前回MCOTとの打ち合わせのためのタイ渡航も、JICAが公務としての渡航は当面の間禁止という決定をしたために、私は私費で行ったのである。
 だから、今回も私費で行くつもりでいたのだ。

 ところが、2月2日のタイ総選挙を前にますます政情は不安定になり、とうとう私のもとに、JICAから「私費渡航も見合わせるように」という連絡が来た。
 別にデモの現場を取材するってわけじゃないんだけどなあ・・・。

 さあ、いよいよ崖っぷちである。どうする、私? どうなる、パーツ?



<続きは下記で>
【ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?=その3 (11)~(??)】


※本連載の内容は筆者個人の見解に基づくもので、筆者が所属するJICAの見解ではありません。

金廣 純子 Junko Kanehiro
慶 應義塾大学文学部卒後、テレビ制作会社テレビマンユニオン参加。「世界・ふしぎ発見!」の番組スタート時から制作スタッフとして番組に関わり、その後、フ リー、数社のテレビ制作会社を経てMBS/TBS「情熱大陸」、CX/関西テレビ「SMAP☓SMAP」、NHK「NHKハイビジョン特集」、BSTBS 「超・人」など、主にドキュメンタリー番組をプロデューサーとして500本以上プロデュース。
2011年、英国国立レスター大学にて Globalization & Communicationsで修士号取得。2012年より2年間の予定でJICAシニアボランティアとしてカンボジア国営テレビ局にてテレビ番組制作ア ドバイザーとして、テレビ制作のスキルをカンボジア人スタッフに指導中。クメール語が全くわからないため、とんでもない勘違いやあり得ないコニュニケー ションギャップと格闘中…。2014年3月にカンボジア初の「ロボコン」開催を目指して東奔西走の日々。

2013年12月9日月曜日

ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?:=その1 (1)~(5)

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JB Press 2013.12.09(月)   金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39364

正確な時計が一つもないテレビ局、想像できますか?
ある日突然降って湧いたミッション
カンボジアでロボコン!?

カンボジアの首都プノンペンは、一言で形容しがたい不思議な街だ。

タイのバンコクのように仏教的な雰囲気はあるにはあるが、その横にフランス植民地時代の薄汚れた建物が建つ。
その保存状態は極めて悪くほとんどが朽ちており、ベトナムのハノイのような統治時代の面影を残すわけでもない。

空き地には、次々と高層ビルが建築されているが、いつまで経っても完成する気配がない。
そのくせして、体裁の良いレストランやブティックホテルはある日突然現れる。

道路の舗装状態は悪く、アスファルトは剥がれてボコボコ穴が開いている。
だから、というわけじゃないだろうが、ぴかぴかのトヨタのレクサスが埋め尽くしているかと思うと、ボロボロのトラックやバンに人と荷物をこれでもかと積み込んで疾走し、その合間をアリのようにモト(オートバイ)が無秩序な隊列を作って殺到する。

■「援助」と「経済成長」が混在するカンボジアに来た理由

アンコールワットのあるシェムリアップに観光客は集中し、首都なのにここプノンペンに立ち寄る外国人はそのうちの数割だ。
実際、プノンペンに来たところで、観光スポットは王宮と、ポル・ポト時代の「負の遺産」であるトゥール・スレンとキリング・フィールドぐらいだ。

あとは、小洒落たブティックホテルのプールで泳いで、スパして、夜はおしゃれなフレンチレストランやワインバーで安い関税の恩恵を受けて恐らく世界一安いワインと美味しい料理を楽しむ――くらいしかやることがない。

なんだか、2~3日ゆっくりするにはいいけれど、ゆっくりするだけで、充実感がないというか、街全体が急場しのぎの書き割りみたいなのだ。
つまり、プノンペンのこのありさまが、今のカンボジアを象徴しているような気がする。

70年代のポル・ポト政権下の信じられないような愚行から長きにわたる内戦によって、文化、知的財産、人材をことごとく破壊されてしまい、カンボジアには未だにインフラを自分たちの力で整えられるほど、国としての体力が回復していないし、自国の産業として誇れるものは皆無と言っていい。

安い人件費を求めて外資が流入する昨今は、高い経済成長を反映してか、外国人相手の手軽に提供できるサービス・飲食産業だけがいびつな形で発展している。

ところで、この国には重要な産業がもう1つある。
それは「援助」という産業である。

カンボジアが供与を受けているので、正確に言うとカンボジアの産業ではないし、「援助」が産業かどうかは、議論の余地があるだろうが、しかし、この国は援助なしには成り立たないのも事実なのである。

で、一応、この連載を始めるにあたって、私が何をしにこのカンボジアにやって来ているのかというと、JICAのシニアボランティアという「援助」を行う一員として、2012年6月にカンボジアの国営テレビ局に「テレビ番組の制作指導」という立場で2年の任期で配属され、今に至っている。

■番組制作指導に入ったカンボジア国営テレビ局、そのトホホな実情


●カンボジア国営テレビ局の外観(写真提供:筆者、以下同)

さて、このカンボジアの国営テレビ局というのをどう説明すれば皆さんに正しく状況が伝わるのか・・・。
実は相当悩んでいる。

例えば、局舎やスタジオの機材などは90年代後半に日本のODAによって供与され、その機材の80%ぐらいは壊れてしまっていて、だましだまし使っている。

ナレーションなどを収録するスタジオの機材はほとんど動かないから、普段はオフィスの部屋で、カメラマイクでナレーションを収録して、その間だけみんなで静かにしているとか。
内線電話もなければコピー機もなくて、局にサーバーもないので、みんなGmailやYahoo!のフリーメールを使っているとか。

ここまではなるほど・・・ですか?


●ニューススタジオでモニターを確認するスタッフ

局の中にまともな時計は一つたりとも存在しない。
そもそも、私は「動いている時計」をスタジオ以外で見たことがない。
そのスタジオにある時計だって、あっちの部屋にある時計と、こっちの部屋にある時計は1分ぐらいずれている。

だから、例えば7時ちょうどに放送されるはずの番組のスタートは7時2分前だったり、7時3分過ぎだったりするとか。
レギュラー番組の番組尺(長さ)が決まっていないので、ある週は24分だけど、翌週は18分だったりとか・・・。

ちょっとびっくりしました?

それに、局の中でどんな番組がいつ放送されているか、誰も正確には知らない。
そもそも日本では新聞に毎朝掲載される番組編成表がこの局には存在しない、毎朝どころか、現在レギュラー的に放送されている番組表すら存在しない。

番組担当プロデューサーに聞いても、ほとんどその放送日時をちゃんと言える人はいないし、中には、「番組が完成すると放送される」と答えるプロデューサーもいるとか。
国営テレビ局なのに、CMが流れているとか・・・。

ちょっと笑えますか?

定時ニュースだってほとんど録画したものが半日遅れで放送されるこの放送局で、昨年から局史上初めて毎朝生放送の2時間の「朝のニュース情報番組」がスタートしたのだが、この番組の準備期間はほんの3週間で、しかもスタッフは総勢たったの15人くらい。

技術専門スタッフは存在せず、さらに半分以上は大学を出たばかりの全く基礎的な訓練も受けたことのないスタッフで、全員で生放送が唯一できるスタジオで1週間前からトレーニングをして、全員持ち回りでカメラマンをやったり、音のミキシングをやったり、VTR出しをやったりしている。

だからもうこの番組ではライトが壊れたといっては、真っ暗なスタジオから放送を出してしまったり、モニター出し用のPCがウイルスに感染したといっては、VTRが出せなくなったり。
 
それより何より、ライブテロップ(生放送で、アナウンサーの名前やニュースのタイトルなどのテロップを出すこと)をどうやって出せばいいのか誰も知らなくて、今までテロップを一度も出したことがないとか・・・。

ここまで来ると、ほとんどギャグでしょうか?

■ある日突然、「ロボコン」開催を相談される

しかし、これがカンボジアの国営テレビ局の2013年現在の状況である。

つまり、こういうお金もなければ、人材もなく、インフラを整えたところで、それをメンテナンスするだけの力がない国で(この国で機材が壊れても、部品が手に入らないので、修理ができないし、こういった専門的な機材をメンテする人材もいない)、お金も掛かれば、専門的人材の育成も必要とされる「放送」という事業をすると、こういうことになってしまうのである。


●生放送のニュース番組の収録中。全てのスタッフが「何でもできる」ように1週間でトレーニング

お金も人材もある国日本ならば、高校の放送部だってこれよりマシというものだ。

で、このお金も、人材もなく、インフラもメチャクチャなテレビ局で、私のカウンターパートである副局長から、私はある日相談を受けたのである。

「日本が発祥で、アジアでも今大会が開かれている『ロボコン』を是非うちの局で開催して放送したいんだけど、どうにかならないか?」と。

ということで、ようやく本題にたどり着いたが、この「ロボコン」をこれから開催するまでの「ドタバタ」を、ほぼリアルタイムで毎週ここに描いていくつもりだ。
ま、カンボジアっていうのはこういう国ですから、「ドタバタ」も含めて何でもアリ、なんである。
そんなことを毎週「ぼやき」半分で書いていきます。

※本連載の内容は筆者個人の見解に基づくもので、筆者が所属するJICAの見解ではありません。
 』


JB Press 2013.12.16(月)   金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39404

ロボコン始動、幸運なスタートも1ミリの差に躓くやるなら「今でしょ」は甘かった
カンボジアでロボコン!?(2)

 カンボジアで「ロボコン」をやることになった。

というか、やろうと思っている。
言い出したのは、私のカウンターパートであるカンボジア国営テレビ局の副局長パン・ナッ氏、通称、松平の殿様。
そしてやろうと同意したのは私である。

なぜ松平の殿様なのかというと、この方、その昔、このテレビ局の「看板アナウンサー」だったそうで、日本で言うとNHKの松平定知さんのような存在だと、前任者から紹介を受けたからである。
というわけで、私はこの人を「殿様」と密かに呼んでいる。

■日本発のロボコンがアジア地域に広まった理由

では、なぜ殿様は突然「ロボコンをやりたい」などと私に言ったのかというと、この国営テレビ局は、アジア太平洋放送連合(ABU)に所属しているのである。

ABUというのは、西はトルコ、東はサモア、そして北はロシアから南はニュージーランドまでのアジア太平洋の63の国と地域から255以上の放送事業者が参加している組織だ(ABU公式ウエブサイトより)。
ちなみに、日本からはNHKとTBSが加盟している。

そしてこのABUでは、番組ソフトをアジア地域で共有して、それを地域全体に発展させていこうという活動があるのだ。
その老舗的な存在が、ABUロボコンなのですね。

そもそもNHKで始まったロボコンの放送が、ABUによってアジア地域のロボコンとして各国の参加を得て始まったのが、今から11年前の2002年のこと。

当初は日本が圧倒的に強かったけれど、タイ、ベトナムなどの新興国や、中国、インドがその国力とともに台頭して、
毎年びっくりするようなロボットが登場し、そのテクニックや発想のユニークさを競っているのだ。

そして今や、ASEAN加盟国で参加したことがない国は、ミャンマーとここカンボジアだけになってしまったのである。

で、殿様は、このABUの会議に参加するたびに、ロボコンの映像やら、ワークショップやらを見せられて、ずっと「いいなあ」「参加したいなあ」と思っていたらしいのだ。
つまり、ABUに所属しているテレビ局が主催なり、独占的に放送していないと、このABUのロボコンには代表を出せないのである。

だから、先週書いたように、まともな時計が一個もなくて、時間通りに番組が始まらない、そしていつどんな番組をやっているのか誰も知らない、このビンボーテレビ局でも、日本や中国や韓国の代表と同じ舞台にカンボジアの代表を送り込めるチャンスがある、というわけだ。

■「今でしょ!」とプロデューサーの勘で思ったものの・・・
殿様から相談を受けた時に、「今ならやれるかな?」と私は思った。

カンボジアはこのところ外資がどんどん入って経済も右肩上がりだし、周辺国の労働者の賃金が上がって、次から次へと工場がカンボジアにシフトしてきている。
プノンペンの街は高層建築の建設ラッシュだし、大規模な商業地域の開発も数カ所で同時進行中だ。
 

●高層ビルの建設が進むプノンペン市内(写真提供:筆者、以下同)

これを称して東京オリンピック当時の「三丁目の夕日」だという日本人もいるように、国全体が「ダメダメ」ながらも、街の表層は発展している感にあふれている。

だからなんとなく、「やるなら今でしょ」という気がしたのである。
これは、プロデューサーとしての勘だ。
それと、ちょっと図々しい言い方だけれども 
 「私が居るならできるでしょ」
という気もあった。

 
●高層ビルの数ブロック先では、使われていない鉄路の周りが荒れ果てている

というのも、このテレビ局にやってくる専門家やボランティアの人々というのは、その時代時代によって、テレビ局が必要とする、放送のいろいろな分野の人なのである。

たとえば撮影技術の専門家であったり、番組(電波)を送出する専門家であったりするのだが、私はたまたま「テレビ番組制作」のために呼ばれてきたのだ。

だから、カメラが壊れたから直してくれ、と言われても私には直せないし、スタジオの照明を新しくしたいのでアドバイスしてほしい、と言われても何もできない。

けれど、ロボコンのようなイベントや番組を立ち上げるために、人に会いに行って、頭を下げて、情報を集めて、組織を作って、というのは、日本でプロデューサーとして嫌というほどやってきたから、なんだかできそうな気がしたのである。

ということで、まず私は、同じJICAのシニアボランティアで、プノンペン郊外のプレアコソマ工科大学で土木工学を指導している德田稔夫さんに相談をした。
根っからの文系である私にとって、「工学」系の人ならきっと知恵があって、その大学に声をかければ、ささっと参加者が集まるかもしれないと思ったからだ。

そうしたら、徳田さん曰く
「私はロボットのことはわからないが、今度電子工学の先生で平松さんという人が来たから、その人に相談してみよう」
ということになった。
「ロボコン指導経験者を得て一安心」は、ぬか喜びだった

平松健二さんは日本の職業訓練校で長年教鞭を取られてきて、スリランカの大学などでも指導されてきた方なのだが、何と、日本でもスリランカでもロボコンに出場するためのロボット製作を指導して来たと言うのである。

「できた!」

日本で番組を立ち上げたり、イベントを立ち上げたりする場合、こういう専門のキーパーソンが見つかれば、大体できたも同然なのである。
あとは、専門的なことはその人にお任せして、私は番組放送のための組織を作って、お金を集めればいいだけだ。

やったぁやったぁ、半分できたと思い込んでいたら、その数日後・・・。

「一番簡単なタイヤ付きのライン・フォロワー・ロボット(黒い盤上の白いラインをセンサーが認知して自律的にその白いラインの上を走るロボット)を作るための部品を探しに行ってきた」
と平松さん。

「はいはい、ここにはガラクタみたいな部品、市場に行けばいくらでもあるから、何となかなりますよね?」
と私。

「いや、ないんだ」

「へ?」

「揃わない、ここじゃ」

ええ!?
だってだって、あんな簡単な(に見える)ロボットを作るための部品なんて、日本じゃ秋葉原に行けばごちゃまんとあるし、ここカンボジアには秋葉原にあるみたいなワケの分からない部品屋やバッタモン屋がたくさんあるから何とかなるんではないの?
と思った私が甘かったのである。

「それとね」
と平松さん。
「ライン・フォロワーの白いラインっていうのは、ABUを始めとして世界のロボコンの規則では1.9センチと決まっているの。
いわゆる日本で売っている白いビニールテープあるでしょ。
あれの幅が1.9センチ」
と言って、白いテープを出してきた。

「これ、こっちに売ってる白いビニールテープなんだけど、図ったら2センチなの。
だからダメ。
これ、使えない」

ええええ〜!

つまり、日本は部品にしろ、ビニールテープにしろ、一つ一つJIS規格などできちんと幅や大きさや材質までもが決まっている。
だからどこで何を買おうが、同じ規格、同じ品質のものが手に入る。

しかし・・・ここはカンボジアなのである。
そもそも、法整備すら途上段階にある国なのである。
税金だってまともに徴収できていないのである。
そんなカンボジアでJIS規格に類したものなんてあるわけないのである。

それでテープの幅は2センチで、ロボコンをやるには非常に不都合、とこういうことなのだ。嗚呼!

ということで最初の部品集めから早くも頓挫してしまったのである。
そして、こんなことはほんの序の口。
まだまだここからめくるめく「謎のカンボジア王国」とロボコンの闘いは始まるのである。



JB Press 2013.12.24(火)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39483

「カンボジアってそういうところ」は迷路の入り口行く手を阻む”縦割り” ”序列”
カンボジアでロボコン!?(3)

前回、ロボットを作るための部品がカンボジア国内では揃わない、ということを書いた。
で、その部品をどう調達するかという問題を解決しながら、別のこともやらなくちゃいけないわけである。

何もないところで一から何かを立ち上げるというのは、同時進行でいろいろなことを考えて、情報を集めて、判断をしていかなければいけない。
何か一つのことに集中してそれ専門にやっていく、というわけにはいかないのですね、当たり前だけど。

■ロボコン開催に欠かせない「参加者」の出場資格とは

カンボジアで初めて大学対抗のロボットコンテスト(以下、ロボコン)を立ち上げるには、大きく分けて以下の4つが必要なのである。

1.参加者がロボットを作るための部品
2.ロボコンの参加者
3.ロボコンを開催するためのお金
4.そしてそのロボコンを放送する番組制作に必要なお金

とまあ、前回紹介したようなわけで部品がなかなか見つかりにくい状況はお分かりいただけたと思います。
それでこの「部品問題」がどうなったかちゃんと詳らかにしないうちに、とっとと別の問題が起こってきたのである。

というのも、一応、言い訳をしておくと、この原稿を依頼された際に、編集者の方から「ほぼリアルタイムで」のレポートをお願いされたのであるが、時系列的には同時にいろいろな問題が起こっているので、言われた通りに書くとそうなっちゃうのだ。

ところで、カンボジアでなぜロボコンをやろうとしているかというと、前回も書いたが、私の配属先のカンボジア国営テレビ局の私のカウンターパートである”松平の殿様”が、
「カンボジアでもロボコンをやりたい。
アジアで広く行われているアジア太平洋放送連合(ABU)のロボコンにカンボジア代表を出してみたい」
とつぶやいたのがきっかけなのである。

ならば、ABUの出場資格に沿った形で出場チームを考えなければいけないわけだ。

ABUのロボコンの出場資格はどうなのかというと、
「アジア・太平洋地域の大学、工科大学(ポリテクニック)の学生たちが、与えられた競技課題に従い、アイデアとチームワークを駆使してロボットを製作し、競技を通じて技術力と独創力を競う、全く新しいユニークなコンセプトの国際的教育イベントです」
(NHK大学ロボコン2014〜ABUアジア・太平洋ロボコン代表選考会〜より)とある。

まず、最初は広く広報を行ってカンボジア中の工科大学に声をかけるという手もあるなと思った。
しかし・・・そもそもカンボジアにどのぐらい工科大学があるのかわからないし、どんな手段で声をかけるのかもよくわからない。

いずれにしてもロボットが完成した暁には、プノンペンで大会をやるわけで、たとえばカンボジアの北西部にあるバッタンバンの工科大学に声をかけて参加してもらったところで、移動手段は陸路だけ、しかも、カンボジアには客車が走っている鉄道はないので、移動に車で片道6時間。
どう考えても、1回目の今回には無理がある。

■ロボコンの出場大学集めに立ちはだかった意外な壁

ということで、工科大学(Polytechnic)の学生なんだから、協力を仰いだ平松さん、德田さんが配属されているPPI(Preah Kossomak Polytechnic Institute)は出場資格ありなわけで、そこからプノンペン市内にある工業系の大学にでもいくつか声をかけてもらって参加を募るのがいいのではないか、ということになった。

ふふふ・・・またしても、これで出来たも同然と思った私である。うまくいきそうではないか・・・!

そこで、お2人から学校に相談してもらうことにした。

早速、PPIの学長に相談してくださったお2人の意見は、PPIと関係の深い工科系の大学があと2校あるので、そこは内々に根回しをPPIの学長からしてもらい、まずはロボコン企画者である国営テレビ局の”松平の殿様”から正式に連絡をしてもらった方が良いのではないか、ということになった。


●プノンペン市内のスナップ。使われていない線路の上で生活する人たち(写真提供:筆者、以下同)

ここで問題になったのは、
「記念すべき第1回のロボコンに参加する大学がこの3校で本当に妥当なのか?」
ということだった。
実は、カンボジアにはITC(Institute of Technology of Cambodia)という工科系では一番と言われる大学がある。

いわば、日本の東工大である。
ここが参加しないロボコンというのもどうなんだろう・・・ということに当然なったわけである。

それじゃあ、PPIの学長がITCに声をかければいいじゃないか?
と思うのであるが、それはそれ、カンボジアという社会においてはほとんど「あり得ない」ことなのですね。

と言うのも、PPIと、PPIから声をかけてもらうNPIC (National Polytechnic Institute of Cambodia)とNTTI(National Technical Training Institute)の3校は、労働訓練省(Ministry of Labour and Vocational Training)の傘下にある、いわば労働訓練校のような存在なのである。

ところが、カンボジアの東工大=ITCは教育省(Ministry of Education)の傘下なのだ。つまり管轄が違うので連絡なんか取れない、というわけだ。
カンボジアのこの「縦割り」社会ぶり、というのは相当なものらしいのだ。

ということで、私は殿様に聞いてみた。

「とりあえず、PPIから声をかけてもらって、NPICとNTTIはもう根回ししてあるから、一応殿様から電話してもらいたいんだけど、ITCが参加しないっていうのはマズイと思うので、殿様から聞いてみてもらえる?」と。

すると殿様は、知り合いがいるから聞いてみるよ、と結構気軽に答えたのである。

数日後・・・。
殿様は私にこう言った。「電話したんだけど、やらないって」

え? どうして?

「既に自分たちはロボットなんて作ってるし、十分に作り方もわかってるし、そんなもん他の大学と競うほどのことでもない、って言ってる」

うーん、なるほど。
聞きしに勝る縦割りぶり、さらにカンボジアの東工大たるITCのプライドは富士山よりも高いのだ。

■「カンボジアってそういうところ」

しかし、一応声をかけたということが大事なのだ。
ということで、お断りされたのであるから、仕方がない。
我々はPPI、NPIC、NTTIの3校からの参加を決定し、ではどうやって運営していこうかという議論に入った。

ロボコン専門家の平松さんの意見はこうだった。

この先毎年ロボコンを開いていくのであれば、JICAに所属する我々が任期を終えてこの国を離れても(我々の任期は2年間、ちなみに私は来年の6月末に任期を終える)、カンボジアの人々が自分たちの力でこの大会を運営していけるようにならなければダメだ。

だから、大会の規則とか、大会までのスケジュールをどうするかというのは、参加大学同士で話し合って決めてもらおう、と。

賛成である。
大いに賛成。
それは我が国営テレビ局にも言えることで、私たちが主体的にやるのではなくて、カンボジアの人々が自分たちでロボコンを作り上げていくことが一番大切なのだ。

ということで、各大学から幹事役となる先生を決めてもらい、彼らによる運営のための会議を開くことにした。
私は殿様に
「幹事の先生たちに連絡して、会議を決めて、殿様も出てよ」
とお願いをしてみた。

ところが・・・殿様曰く、

「ジュンコさん、あなたはカンボジアのことがよくわからないからそう言うけれど、私がそういう人に声をかけるわけにはいかないのですよ。
学長には声をかけるけど、そこまで。
カンボジアというのはそういう社会なの。
それにその会議にも私は出るわけにはいかないの。
カンボジアってそういうとこなの」

「カンボジアってそういうところだ」って言われるとねえ、私も何も反論できないのだ。

たとえば、日本社会で、一生懸命その人のことを思ってお土産を選んで、「つまらないものですが」と言って出すのはおかしいではないか?
と外国人に言われた時に、「だって日本ってそういうところなんだもん」って言うのと同じですからねえ・・・。
ちょっと違うような気もするけど。

ということで、各大学の幹事役の先生たちには私が連絡を取って、ようやく会議の開催にまでこぎつけることとなった。

しかし、カンボジアの人に自主的にロボコンを開けるようになってほしいという私たちの思いとは裏腹に、この先も「カンボジアってそういうところなの」という現実に悩まされることになるのである。



JB Press 2013.12.30(月)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39542

日本人の「やり遂げる」気概をカンボジアに伝えたい協力を申し出てくれたタイのテレビ局
カンボジアでロボコン!?(4)


カンボジアで初の大学対抗ロボットコンテスト(以下ロボコン)をやろうと動き出してみて、今まで知ろうとする機会もなかったいろいろなことが分かってきた。
だから、まずは動き出してみて良かったと今は素直に思っている。


例えば、最初に書いた部品をどう調達するかという問題だ。
カンボジア国内ではロボットを作るのに必要な部品が手に入らない。

日本でならば簡単に手に入る単3の電池。
これを200本手に入れようと、プノンペン市内でも大きな文房具店に行ってみる。
「ある?」と聞くと、最初は「ある」と答える。
見積りも作ってくれる。

さて、所定の期日までに納品して、という段になると「ない」と言う。
これが一軒の文房具店だけじゃない。
担当の德田さんは、これを3軒立て続けにやられて、やる気を失ったと言っていた。
何でもあるが、必要なときには「ない」

なんでこんなことが起こるかというと、カンボジアには自国で生産できるものが農産物以外「皆無」であると言っていいからだ。

外国人向けの高級スーパーに行けば、何でも手に入る。
でも、例えば、たまにしか購入しない歯磨き剤とか歯ブラシなどは、以前購入したブランドが二度と見つからなかったりする。

ハンドクリームも同じものを見つけるのは至難の業だ。
綿棒はたくさんあるのに化粧用のコットンがないとか、生理用品があふれているのにサイズや種類が1つしかないとか。


●街はモノで溢れているが同じ商品が明日あるとは限らない(写真提供:筆者、以下同)

アルミホイルもラップも、あるにはあるけれど、以前買って気に入ったブランドは次回行っても手に入らない。
今日あるものが、明日もあるとは限らない。
だから「ある時にまとめて買っておく」しかない。

つまり、ものは溢れているように見えるけれど、外的・内的な要因で供給が突然ストップしたり、あるいは極端に数が減ったりする。
当然値段は釣り上がる。
自国で生産できない、ということはこういう脆弱な側面を持っているのだ。

さらに、通関の問題がある。
以前にも書いたけれど、この国の法整備はまだまだ途上段階にある。
税金だってまともに徴収できていない。
関税制度も勿論あるが、日本も含めた諸外国からその整備を支援されている。

ちなみに、関税局は一番の人気商売である。
「給料以外のお金」が入るから、とも言われている。
この風評が何を示しているか? 
推して知るべし、である。

■「確実にできる」ことを諦めている国

ということで、ロボコンに参加する学生たちに配るロボットのパーツは、通関の問題やら輸送の問題やらがありそうだということになり、結局日本から入れるのが一番確実だろうということになった。

勿論、コストはかかる。
しかし、より確実にパーツを入れることのほうが優先されるからだ。

 つまり、この国には「確実にできる」ことがほとんどない。
確実にやるためには、先進国以上のコストがかかる。
確実にできないから、やってみるといろいろな障害が起こって、途中で諦めざるを得なくなってしまう。

そうして人々は結局いろいろなことに期待を抱かなくなる。
つまり、社会に信用というものが存在しなくなる、ということの悪循環なのである。

だから私は、どんな規模でも今回ロボコンを実現してみせる、と決めた。
私が“松平の殿様”と密かに呼んでいるカンボジア国営テレビ局の副局長に「やりましょう」と言った以上、絶対にやり遂げてみせる。

その根底には、どこかで「日本人は約束を守る」ということを彼らに認めさせたいし、だったら彼らにも同じことができるはず、ということを知ってもらいたいという気持ちもあった。

当然ながら、殿様が「やりたい」と言ったのだから、殿様にも責任はあるのだ。だから殿様が諦めてしまったら私の負けである。

殿様を共犯者にしてやろう・・・。

■ハノイの会議で外堀を埋め、退路を断つ

ということで、少し話は遡るけれど、10月、私と殿様はベトナムのハノイに行ったのである。
ハノイで行われた、アジア太平洋放送連盟(以下ABU)の総会に出席するためだ。
そしてこのABUこそが、殿様の最終目標である「ABUロボコン」の主催団体なのだ。

ハノイの一流ホテルの会場で、恐らく数百人という放送業に関わる人々がアジア中から集まって、いくつも会議が行われた。

そこで、私は何とかABUの理事であるNHKの方を探し出して、カンボジアでロボコンをやろうと思っているので、力を貸してほしいとお願いをした。
勿論、殿様を連れて、2人でご挨拶した。

その方は親切なことに、会議の期間中に窓口となるいろいろなNHKの関係者をご紹介くださった。
そのたびに、「殿様、殿様、協力してくれるってNHKの人が言ってるから、来て来て」と、広い会議会場を私は殿様をずるずると引っ張って行き、2人で挨拶した。

もうここまで外堀を埋めてしまえば、殿様だって諦めることはないだろう。
何より、日本人である私自身が自分の国のNHKの人たちに会うことで、自分自身の退路を断った。

これだけ派手に挨拶した以上、できませんでした、とは絶対に言えないところまで自分を追い込んだわけだ。

そして、こうしてお会いしたNHKの人を介して、私はタイの公共放送局MCOT(タイのNHKのような存在のテレビ局)の副会長であるジョッキーさんに会うことができた。

聞けば、彼はこれまで周辺諸国へのロボコン普及のために、国を超えて様々な協力をしてきているのだという。
「だから、きっと力になってくれるはずです」とご紹介くださったNHKの人は言った。

いかにも人の良さそうなジョッキーさんはこう言った。
「タイの優勝チームをカンボジアに派遣して、どうやってロボットを作るかを指導してもいいですよ」と。
見たことのないものを番組にできるか?

しかしねえ・・・。

カンボジアには極端にお金がないのですよ。
派遣していただくというありがたいお言葉をいただいても、我々には彼らをご招待するほどのお金もないのである。

そもそも、ロボコンを開催するお金も、今必死で寄付とか広告とかで集めているのである。
本当にありがたいお言葉ですけれど、本当にお言葉だけで・・・。
と私はその時思った。

それでも、ハノイから戻っても、ジョッキーさんの笑顔が私の頭から離れない。
もしかしたら、お金を最小限にしても、協力してもらえることがあるんじゃないか?

例えば、このカンボジアの国営テレビ局がロボコンを番組化すると言っても、殿様と私以外、誰もロボコンを見たことがないのだ。

どうやって大会を中継し、番組として演出し、視聴者に伝えるのだろう? 
自分たちが「面白い」と思わないものが、否、そもそも何だか分かっていないものを、番組にできるわけがないじゃないか。

だったら、例えば、殿様と演出スタッフがタイに行って、どうやってロボコンの番組を作るのか、具体的に指導してもらった方がいいんじゃないか? 
いや、それがないと恐らく番組として成立しないだろう。

そう思った私は、ジョッキーさんにメールを送った。

「優勝チームを派遣してくれるというありがたいお申し出は、残念ながら我々にはそのお金が用意できないのでお受けしたいけれど、お受けできない。
しかし、例えば、あなたたちがどうやってロボコンを番組として演出し、準備しているのかを教えてもらうことはできないか?」
と。

すると、ジョッキーさんから程なくこんな連絡が来たのである。

「来年の1月に、タイのロボコンの国内大会があります。
我々もその大会の中継をやるが、ちょうどいい機会だから見に来たらどうでしょう。つ
きましては、12月中に是非一度打ち合わせにいらっしゃい」

これはいい機会だ。
殿様と私でそれを見学するぐらいの費用であれば、何とか捻出できるかもしれない。

ということで、私は一路、バンコクに向かったのである。



JB Press 2014.01.06(月)  金廣 純子
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39583

天と地ほどの違いがあるタイとカンボジアの放送局
タイ公共放送局の提案に対するカンボジア情報省の決定は
カンボジアでロボコン!?(5)

前回は「私は一路、バンコクに向かったのである」で終わったが、実はそう簡単にバンコクには行けなかった。

というのも、11月末から突然沸き起こったバンコクの反政府デモ。
最初はいつものことだろう、くらいに思っていたのだが、どんどんエスカレートしていき、結局、私が出していた出張申請は「情勢不安定のため公務の渡航はしばらく見送り」ということになってしまった。

■反政府デモの激化でバンコク行きに黄信号が灯ったが・・・

でも、タイの放送局MCOTとの約束はある。
じゃあ、仕方ないから私用渡航ってことにして自腹で行こうと決めた途端に、今度はMCOTとも連絡が取れなくなってしまった。

どうもバンコクのいろいろな公的機関がデモ隊に占拠されていて、大変なことになっているらしい。
MCOTとしても、カンボジアくんだりから「ロボコンの相談」にやって来る、訳の分からない日本人なんかにかまっている暇はないのかもしれない。

しかし、このチャンスを逃すと私も12月中にバンコクに行く時間が全く取れない。
ジョッキーさんの携帯電話番号も分かっているし、とにかく連絡は取れないけれど、行ってみるか・・・と思っていたら、出発2日前になってようやく連絡が来た。

やはり、MCOTはデモ隊に占拠されていたというのだ。
ようやく元の状態に戻ったから、予定通りMCOTで是非会いましょうと書いてあった。

●まるで六本木のようなバンコクの中心部(写真提供:筆者、以下同)

なるほど、メディアでニュースとなって流れていることが、自分に直接関わりのある人々にも影響しているのだなあ、なんて感慨にふけりながら、兎にも角にも確認が取れたことに安堵して、バンコクに向かったのである。

プノンペンから飛行機で約1時間、バンコクに到着すると、そこには「先進国の」大都会の風景が広がっていた。

街には高層ビルが立ち並び、モノが溢れ、モノレールと地下鉄が交差する駅にはコンビニが立ち並び、人々は足早に通り過ぎる。
すべてがキラキラと輝いて見えた。
まるで一足飛びに東京に舞い戻ったような感じだ。

こんな光景が国境のすぐ向こう側にはあるのに、一体カンボジアの建物の粗末さとゴミの多さと道路事情の悪さと埃っぽさと、そして何より貧しさと言ったら、なんだろう? 
と、大きなカルチャーショックを受けていた。

■打ち合わせに向かったタイの公共放送局MCOTでの不意打ち

MCOTはタイの公共放送局だ。日本で言えばNHKのような存在である。

カンボジアの国営テレビ局と似たようなものと言えばそうかもしれないけれど、朽ち果てた建物の前に、人々が所在なくのんびりと佇んでいる我が局とは違って、MCOTは日本のテレビ局のように局舎がいくつも分かれて建てられ、関係者が忙しそうに行き来する、まさに「マスコミ!」って感じなのである。

素人じゃない私ですら、こう感じてしまうほどの大違いなのだ
(ちなみにこの記事のために写真を撮ろうと思っていたのに、あまりのことに圧倒されてしまったカンボジアの田舎者は、気づけば写真を撮ることもすっかり忘れてしまったのである)。

さて、大玄関からエレベーター(!)に乗り、ジョッキーさんに案内されて通された部屋は、何やら「役員室」とのことであった。
そしてぞろぞろといろいろな人がやって来た。

皆にこにこと感じが良い人ばかりで、名刺を交換すると、全員「バイスプレジデント」。
そして、ジョッキーさんが、
「じゃあ、プレジデントはあとから来るから、まずは皆で内容の話を始めておきましょう」
と言う。

え、プレジデントまで来るの? なんかスゴイことになってないか?

まずは、私が今のカンボジアのロボコンの状況を説明する。
3月の開催に向けて参加大学がようやく決まったこと。
カンボジアにはお金がないので、いろいろな企業からお金を集めていること。
ロボコン大会の模様は国営テレビ局で放送するけれど、大会自体は参加大学による自主的な運営にして、これから毎年開催をしていくこと。

第1回目はまず開催することが目的なので、最も簡単なルールにするために、アジア太平洋放送連盟(ABU)のロボコンのルールに則した大会にはならないこと。
しかし、5年後にはABUルールでのロボコンを国内大会で組織して、カンボジアの代表チームをABUロボコンに送り出すのが目的であること。

そのために、1月に行われるというタイのABUロボコンの国内予選を視察させてもらい、どのように番組を作っているのか、カンボジア国営テレビ局のスタッフに学ばせたい、と。

すると、まずジョッキーさんは意外にも、こう言ったのだ。

「実は、国内大会は4月になりました」

え〜!

「というのも、今年からタイのスクールイヤーは、日本と同じ4月からスタートすることになったからです」と。

あああ、またしても、私が考えていた「最低限のお金で、ロボコン大会の模様を学ぶ」計画は瓦解してしまったのだ・・・。

■落胆の後の驚くべき提案に呆然となる

しかし、ジョッキーさんは、私の落胆の表情にも気づかずにこう続けた。

実は、我々は以前、ラオスでロボコンを開催するためのお手伝いをしたことがある。
その時は大会の組織など何もできていなかったので、ラオスの工科大学1つだけに指導して、その大学内で大会を開いて、ABUに代表を出した。

しかし、結局、ラオス政府にも民間にも国内大会を組織していくだけの力がなかったから、後が続かずに、その1回きりになってしまった。
その反省がある、と。

だから我々には提案がある、とジョッキーさんが満面の笑顔で続ける。
今回、我々MCOTは、次の3つについてカンボジアに支援をしたい。

1.大会をどうやって組織するか
2.参加学生はどのような手順とスケジュールでロボットを作っていくか
3.大会の模様をどのように番組にするか

「この3つを実現するために、まずは大会1カ月前にテレビスタッフをカンボジアに派遣して、番組制作のためのすべてを指導しましょう。
そして大会数日前から、大会組織の指導者と、大学チャンピオンと、再びテレビスタッフを派遣して、ロボコンの大会のために必要なことをすべて指導しながら、一緒に作りましょう!」
と。

全くもって夢のような提案である。
しかし、これだけの人をカンボジアに招待するのに、一体どれだけのお金がかかるのだろうか。
ダメなものは早めにダメと言わないとこじれるのは自明なので、私は即座にこう答えた。

●プノンペン郊外の労働者たちの通勤風景

「ありがとうございます。
本当に素晴しいお申し出です。
でも、カンボジアにはそれだけの人を招待するだけのお金がありません。
だから残念ですけど・・・」

すると、ジョッキーさんはこう言ったのだ。

「いやいや、こちらから派遣するスタッフの飛行機代も、宿泊費もすべてうちで負担するよ。
だから心配しなくて大丈夫」

なんと! 
しばらく私は彼の言葉が信じられなかった。
「ホントに?」と言ったまま、呆然としてしまった。
そんな提案がされるとは思ってもみなかったからだ。

■プレジデント登場で打ち合わせは無事終了。
 対するカンボジア政府の答えは?

そして、別のバイスプレジデントの女性がこう続けた。

「実は、2016年にはタイで我々MCOTがホストとなって、ABUロボコンを開催するんですよ。
そういう事情もね、あるんです」
と。

なるほど、恐らく言外に彼らは5年後のカンボジアチームのABU出場を、3年後にタイで行われる大会出場へと前倒しし、ミャンマーを含めたASEAN地域の国からの全参加ということを目指しているのかもしれない、とその時思った。

そこにプレジデントが入ってきた。
やっぱりプレジデントは、すごく風格があるのである。

ジョッキーさんが私に、カンボジアのロボコンについての説明を促し、私が状況説明をして、ジョッキーさんは、先ほどのMCOT側の提案を繰り返し、
「そういうことになりましたので、是非協力関係を築いていきたいと思いますが」
とプレジデントに提案。

プレジデントは、「よろしい」と言って、私に握手の手を差し伸べ、
「ということなので、カンボジア国営テレビ局のトップによろしく伝えてください」
と、私たちは固い握手を交わし、儀式は終了して、プレジデントは立ち去ったのである。

うーむ、夢みたいだ。
まるでシンデレラのような気分でMCOTを後にした私である。

そして、このありがたいMCOTの申し出を、カンボジア政府として受け入れるという決定が、情報省の大臣によってなされた。
いよいよ、お隣タイも巻き込んでの、カンボジア・ロボコンの始動が決定したのだ。

ということで、2014年を迎え、いよいよ3カ月を切ったカンボジア・ロボコンはここから急展開していくのである。


<続きは下記で>
【ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?:=その2 (6)~(10)】


※本連載の内容は筆者個人の見解に基づくもので、筆者が所属するJICAの見解ではありません。

金廣 純子 Junko Kanehiro
慶應義塾大学文学部卒後、テレビ制作会社テレビマンユニオン参加。「世界・ふしぎ発見!」の番組スタート時から制作スタッフとして番組に関わり、その後、フリー、数社のテレビ制作会社を経てMBS/TBS「情熱大陸」、CX/関西テレビ「SMAP☓SMAP」、NHK「NHKハイビジョン特集」、BSTBS「超・人」など、主にドキュメンタリー番組をプロデューサーとして500本以上プロデュース。
2011年、英国国立レスター大学にてGlobalization & Communicationsで修士号取得。2012年より2年間の予定でJICAシニアボランティアとしてカンボジア国営テレビ局にてテレビ番組制作アドバイザーとして、テレビ制作のスキルをカンボジア人スタッフに指導中。クメール語が全くわからないため、とんでもない勘違いやあり得ないコニュニケーションギャップと格闘中…。2014年3月にカンボジア初の「ロボコン」開催を目指して東奔西走の日々。

2013年11月26日火曜日

中国の高速鉄道が海外で人気、米カリフォルニアも導入検討:日本のリニアカーは?

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●19日、独経済紙は、中国の高速鉄道が海外で高い評価を受けており、米カリフォルニア高速鉄道は中国製鉄道車両の購入を検討していると伝えた。写真は中国の高速鉄道。

『 
レコードチャイナ 配信日時:2013年11月25日 7時30分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=79529&type=0

中国の高速鉄道が海外で人気、米カリフォルニアも導入検討―独紙

 2013年11月19日、独経済紙・ハンデルスブラットは、中国の高速鉄道が海外で高い評価を受けており、米カリフォルニア高速鉄道は中国製高速鉄道の導入を検討していると伝えた。
 23日付の参考消息網の報道。

 過去10年間、中国はドイツのインターシティ・エクスプレス(ICE)や日本の新幹線、フランスのTGVなどの技術を学び、国産高速鉄道の開発に力を入れてきた。
 その結果、中国の高速鉄道は国内の多様な気象条件下でも走行可能に。
 また、中国はわずか数年で9700キロメートルに及ぶ線路を建設。
 20年には数万キロメートルにも達する見込みだ。

 高速鉄道を供給している中国鉄路は自社製品に大きな自信を抱いている。
 「中国高速鉄道はすべてを単独供給できるが、他国は異なる企業が技術を寄せ集めなくてはならない」
と専門家は指摘する。
 また、中国高速鉄道は低価格だ。
 新華社報道によると、一般に高速鉄道1キロメートルあたりの価格は5000万ドル(約50億円)ほどだが、中国の高速鉄道は3300万ドル(約33億円)ですむ。

 対外的な開放政策を打ち出したばかりのミャンマーも、中国との高速鉄道プロジェクトに意欲を見せている。
 このプロジェクトが締結されれば、中国は鉄道の建設以外に、運営により50年間にわたって利益を得ることができる。

 また、米カリフォルニア州も高速鉄道の建設に中国からの資金を獲得したいと考えているようだ。
 同州のジェリー・ブラウン知事は、13年春に中国を訪問した際、北京で高速鉄道「和諧号」に試乗し、非常に感激していたという。
 ただしカリフォルニア州が高速鉄道の線路と駅を建設するためには、500億ドル(約5兆円)の資本が不足している。
 ブラウン知事は中国政府系ファンドや投資家の協力を求めたいもようだ。



「中国網日本語版(チャイナネット)」2013年11月25日
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2013-11/25/content_30696864.htm

 日本が米国でのリニア建設を計画


●日本のリニアモーターカー(資料写真)

①:コスト考慮し決断渋る米国

 日本は自国の先進的な技術を再度証明し、新市場を開拓するために、リニアモーターカー技術の輸出を急いでいる。
 ワシントンとニューヨークを結ぶリニアモーターカーの建設に対して、日本は一部の資金援助を約束した。
 しかしコストが高額であることから、債務危機に陥っている米国政府が同プロジェクトを批准する可能性は低い。
 米メディアが19日に伝えた。

 世界最速の列車が日本中部の山間部を通過した際に、身長が約2メートルに達する元ニューヨーク州知事のジョージ・パタキ氏は車内の通路で座席をつかんでいた両手を離し、列車の安定運行に感嘆を漏らした。

 パタキ氏は、
 「地下鉄では吊り革を持たなければならない。
 素晴らしい、
 これこそが未来だ」
と語った。
 その時、列車の速度メーターは時速314マイル(約505キロ)を指していた。
 円形の車窓の外で、富士山の景色があっという間に過ぎ去った。

 パタキ氏と引退した米国の政治関係者および官僚が16日(土)に訪日し、リニアモーターカーに試乗した。
 同列車は超電導リニア技術を採用しており、速度はアムトラックが運営する米国最速のアセラ・エクスプレスの最高時速150マイルの2倍以上に達する。
 彼らは同技術を米国に導入し、ニューヨーク―ワシントン間の走行時間を縮小し、現地の交通渋滞を緩和しようとしている。

 交渉成立を促すため、日本側は一部の建設費用の負担を表明している。
 同費用は、数十億ドルに達すると見られている。

 1964年に初の新幹線を開通させてから、日本は高速鉄道の急先鋒となった。
 日本の新幹線は来年、開通から半世紀を迎える。
 日本は初となる都市間リニアモーターカー(東京―名古屋―大阪)の全面的な建設の計画を始めている。
 同リニアモーターカーは、日本が自国の技術リーダーとしての地位を再び示す手段となる。

 海外の模範プロジェクトにも同様の効果がある。
 これはパタキ氏とその他の要人が土曜日に同列車に乗車した理由だ。
 乗客には他にも、トム・ダシュル前合衆国上院院内総務、エドワード・G・ランデル前州知事、メアリー・ピータース前運輸長官がいた。

 今回の訪日に参加できなかった要人には、クリスティーン・トッド・ウィットマン元州知事らが含まれる。
 これらの要人は、Northeast MAGLEV社の顧問委員会のメンバーだ。
 本社をワシントンに置くこの民間企業は、日本の同技術を利用し、ワシントンとニューヨークを結ぶ線路の建設を目指している。

 同計画の提唱者は、
 「走行時間を短くすることで米北東部の従業員の生産効率を高め、混雑する空港とパンク寸前の高速道路の圧力を軽減できる」
と指摘した。

 米北東部では、ワシントンとニューヨークを結ぶ線路の改良を目的とする提案が出されており、一部の計画にはボストンも含まれる。
 リニアモーターカーは、最近の提案の一つに過ぎない。
 しかしこれらの計画が実行に移される望みは薄い。

 米国政府は、増え続ける債務への対応に力を入れており、コストの高い鉄道事業が認可されるのは難しい。
 カリフォルニア州が計画中の高速鉄道への投資は何度も延期され、その路線も論争を引き起こした。
 イギリスでは、ロンドンから北に向かう高速鉄道の建設計画をめぐり、抗議者が政府と対立している。

②:リニアはホラー映画にしかないと思う米国人

 さらに、民衆はリニアの技術を完全に信用していない可能性もある。
 「米国人はリニアはホラー映画にしかないと思っている」
と、レンデル氏は話す。

 実際、日本のリニア技術では、時速90マイルで飛行機のタイヤと同様にゴムに包まれた車輪がコンクリートのレールを離れ、宙に浮くことができる。
 従来の高速列車の鉄の車輪は特殊設計されたレール上を走行しなければならないが、リニアはU字型のレールから4インチ浮き、超伝導電磁石によって浮いたまま走行できる。

 米国の鉄道を建設するため、日本は融資面でも突飛的な提案をした。
 今年の冬、日本の安倍晋三首相はオバマ米大統領と会談した際、ワシントンとボルチモアをつなぐ鉄道の第1期工事にリニアのレールと推進システムを無償で提供するという積極的な姿勢を示した。

 JR東海の葛西敬之会長は、
 「米国とこの技術を共有したい。米国は私たちに欠かせない盟友である」
と述べた。
 同社はリニア実験線を管理しており、東京・大阪間の鉄道建設を進めている。

 日本の官僚はまだ支援額を明かしておらず、「建設費の約半分」とだけ述べた。
 東京・大阪間のリニアのコスト1マイルあたり3億米ドル超(1キロ約11億4000万元)で計算すると、日本が提供する資金は約50億ドルになる。

 同プロジェクトを進めるTNEM(The Northeast Maglev)社は、個人投資家と公的資源から残りの資金を調達したい考えである。
 同社は2010年に創設されたが、最近になってワシントンでロビー活動を強化し始めた。
 法律事務所DLAパイパーで政策顧問を務めるレンデル氏はこの活動の中心人物である。

 安倍首相がリニアの新市場開拓を急ぐのは、日本が新幹線車両の輸出においてそれほど成功していないためである。
 韓国やサウジアラビアなどの一部の国は欧州のシステムに切り替えた。

③:巨大な利益にかかわる

 安倍首相は今年9月、ニューヨーク証券取引所で演説した際、「まさに夢の技術」と発言した。

 しかし、この技術は日本にしかない。
 ドイツの磁気浮上式高速鉄道「トランスラピッド」は2006年、実験線で衝突事故を起こし、多くの死者を出した。
 その後、ドイツは徐々にリニアを支持しなくなった。

 日本でも、計画中の東京・大阪間のリニアは大きな問題に差しかかっている。
 その原因の一つは、スピードと同様に驚くほどコストが高いことである。
 コストは約1000億米ドルだ。

 もう一つ、地理的な問題もある。新幹線の東京-名古屋-大阪のレールは多くが海岸沿いにあり、平らな人口密集地を通るが、リニアはアルプス山脈などの国内で最も険しい地帯を通る。

 レールの約86%が山を抜けたり越えたりしなければならない設計となっているため、建設工事を大幅に妨げ、コストを高め、地震活動に対する懸念も強めた。
 ここは地球上で地震活動が最も活発な地域の一つであるためである。

 様々な理由により、東京・名古屋間は2027年に完成し、名古屋・大阪間は2045年までかかる見通しだ。

 JR東海は、移動時間を短縮でき、航空会社から客を獲得することができるため、同プロジェクトは新たなニーズを生み、途中の停車駅にも貢献すると主張している。
 1987年、日本は国鉄を民営化し、JR東海が誕生した。
 同社は、新幹線で得た利益などのキャッシュフローで工事に投資すると発表している。

 そのため、日本が米国を説得して東北を走るリニアを建設できるかは巨大な利益に関わってくる。

 JR東海の葛西会長は山梨県立リニア見学センターで取材に応じ、
 「過去、米国は交通技術でトップを行っていたが、現在の交通インフラはあまりよくない。
 米国と日本はなぜ共同で世界を引っぱらないのか」
と述べた。



2013年11月25日月曜日

ロケットの概念変えた「イプシロンの人工知能」 13年の注目技術1位

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新型ロケット「イプシロン」打ち上げ成功。搭載した惑星観測衛星を予定の軌道に乗せた(9月14日)


日本経済新聞 2013/11/25 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1901S_Z11C13A1000000/

 ロケットの概念変えた「イプシロンの人工知能」 13年の注目技術1位

    光陰矢のごとし――。2013年も残すところわずか1カ月強となったが、今年、社会に大きなインパクトをもたらした技術は何か。
 IT(情報技術)や医療、建設、電気・機械の分野を対象にした雑誌を発行する日経BP社では、専門記者200人が今年注目された300以上の技術を挙げ、その中から4人の審査員[注]がベストテンを選出した。
 2013年のランキング1位には、純国産ロケットの「イプシロンロケットの人工知能」が選ばれた。
 2位には、前走車と衝突の危険性が高まると自動でブレーキをかける自動ブレーキを低価格化した技術が、3位には、予報もなくいきなり発生するゲリラ豪雨を予測する技術が入った。
 本連載では、ベストテンに選ばれた技術をランキング1位から順に振り返っていく。
   
1位:イプシロンの人工知能
2位:自動ブレーキ技術
3位:ゲリラ雷雨予測技術
4位:静かに消すビル解体技術
5位:ロボットスーツ(HAL)
6位:3Dプリンター
7位:直下地下切り替え工法
8位:遠隔がれき撤去技術
9位:IGZO(イグゾー)
10位:Hadoop(ハドゥープ)


[左]写真1 打ち上げ直後のイプシロンロケット
[右]写真2 打ち上げられたイプシロンロケット(写真:いずれもJAXA)

■ロケットの打ち上げを日常的なものに

 イプシロンの狙いは「ロケットの打ち上げをもっと簡単で日常的なものにすること」(森田泰弘プロジェクトマネージャ)である。
 このため、コストダウンや組み立ての簡素化、準備時間の短縮などが図られている。

 打ち上げコストは初号機で50億円程度、2号機以降では38億円で済むという。
 2017年に打ち上げる次期イプシロンでは30億円以下に引き下げる
 これに対し、液体燃料を使う大型ロケット「H2A」の場合、打ち上げに100億円近くかかっていた。

 発射台にロケットを設置してから打ち上げ、後片付けまでの期間はイプシロンの場合、7日であった。
 これに対し、イプシロンより1世代前の小型ロケット「M-V」では42日間かかっていた。

 低コストかつ短時間で打ち上げを成功させる肝となるのが、
 打ち上げ前の点検を自動化する打ち上げ管制システムだ。
 人工知能(AI)機能を組み込んだ、「ROSE(ローズ)」という愛称を持つコンピューターをイプシロンに取り付け、ROSEが電気機器の状況を監視し、地上側のパソコンに伝達するようにした(写真3)。


 何らかの異常を検出した際には、システムが即座に打ち上げを中止する。
 こうした仕組みにより、人為ミスの排除による信頼性向上、点検時間の短縮、管制要員の削減などを実現した。
 2台のノートパソコンだけで打ち上げ管制ができるため、管制室内の要員はM-Vの10分の1で済んだ(写真4)。


■イプシロンと管制システムの可能性

 ただし、今回の初号機の打ち上げでは、点検作業を自動化したがゆえのトラブルに見舞われた。8月27日、発射19秒前に打ち上げを中止したのは打ち上げ管制システムのトラブルが原因だった。

 イプシロンロケットの姿勢を点検した際、イプシロン側のコンピューターからデータが送られてくるよりも、わずかに早く地上側のコンピューターが姿勢チェックの処理をしてしまった。
 その差は0.07秒であったが、地上側のコンピューターは異常を検知したと誤認し、打ち上げを自動停止した。

 しかし、最終的に打ち上げに成功したことで、イプシロンロケットと打ち上げ管制システムの双方について将来の可能性が広がった。

■新興国に採用を働きかけ

 東南アジアを中心に新興国で小型衛星の打ち上げニーズが高まっている。
 日本としては今後、今回の実績をアピールし、新興国にイプシロンの採用を働きかける。

 打ち上げ管制システムはイプシロンだけではなく、将来は再利用可能なシャトルの打ち上げにも活用される。 
 その意味で、イプシロンロケットとその管制システムは日本の宇宙開発のエポックメイキングになる技術である。



NHKニュース 12月25日 4時27分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131225/k10014085401000.html



H3ロケット 2020年に打ち上げ目指す

 日本の基幹ロケット「H2A」に代わる次世代のロケット、「H3」の開発が来年度から始められることになり、文部科学省は、2020年の1号機打ち上げを目指しています。

 12年前に開発された日本の基幹ロケット「H2A」は、これまでに22機が打ち上げられ、成功率は95%を超えていますが、海外の衛星を受注するためにはおよそ100億円というコストの高さが課題でした。

 こうしたことを受け、文部科学省は次世代の基幹ロケット、「H3」を開発することを決め、来年度予算案に70億円を盛り込みました。
 「H3」は、液体燃料を使ったメインエンジンに固体燃料の補助ロケットを組み合わせて飛ばす大型のロケットで、開発費はおよそ1900億円が見込まれています。
 ことし打ち上げに成功したイプシロンの点検技術などを活用することで、打ち上げコストは、H2Aのおよそ半分の50億円から65億円に抑えることを目標としています。
 また、衛星の重さによって打ち上げの能力を変えられるようにし、2トンから6.5トンの衛星をカバーする計画です。
 
 文部科学省は来年度、このH3の開発に着手したあと、
 7年後の2020年に1号機を打ち上げたい、
としています。

2013年11月24日日曜日

「新島」誕生 小笠原村、村民の意見集約し議会で島名決定へ:

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小笠原の新しい島、誕生の噴煙 高さ300mに

 公開日: 2013/11/20
海底火山の噴火で新しい島ができた小笠原諸島の西之島付近を11月21日午前、朝日新­聞社機で上空から見た。


小笠原に新たな島・・・命名誰が 領海は?きょうも噴火(13/11/21)

公開日: 2013/11/21
小笠原諸島で海底火山が噴火し、新しい島が出現しました。 新たな島は、東京から南に約1000キロ離れた西之島の南南東500メートル付近で見­つかりました。島誕生のメカニズムです。西之島は、海底から4000メートルほどもあ­る海底火山の山頂にあたります。


「新島」誕生 小笠原村、村民の意見集約し議会で島名決定へ(13/11/

公開日: 2013/11/21
小笠原諸島・西之島近くで、新しい島が誕生する可能性があることを受けて、小笠原村で­は、新しい島の観光の目玉になることを期待して、村民の意見を集約したうえで、議会で­島の名前を決めることにしている。



CNN ニュース 2013.11.23 Sat posted at 15:01 JST
http://www.cnn.co.jp/world/35040388.html?tag=cbox;world

小笠原に新たな島誕生、海底火山の噴火で

 日本の気象庁などは23日までに、小笠原諸島の西之島近くで海底火山の噴火により新たな島が出現したと発表した。
 この島の長さは約200メートルで、幅は約50メートル。

 噴火活動の開始は今月20日ごろ。
 ビデオ映像によると、島からは白煙があがり、時々は黒い噴煙が起きている。

 火山活動が止まれば、島が海中に没する可能性もあるが、活動が続いた場合、島がさらに大きくなり領海が広がる事態も考えられる。
 米ハワイ大学の海底火山問題の学者は島の将来については波の浸食の程度に大きく左右されるとの見方を示した。

 気象庁は新たな島の周辺海域を通る船舶などに注意を呼び掛けた。

 海底火山の活動に伴う新たな島の出現は2009年、南太平洋の島国トンガ近くでも発生。
 またアイスランド沖では1963年、スルツェイ島が新たに生まれていた。




【気になる-Ⅴ】


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2013年11月23日土曜日

貧困国支援に動く日本の医薬品会社汝与えよ、さらば与えられん



JB Press 2013.11.23(土)  The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39258

貧困国支援に動く日本の医薬品会社汝与えよ、さらば与えられん
(英エコノミスト誌 2013年11月16日号)

 日本の製薬会社が貧しい人たちの病気を治すことに投資する。

 日本の製薬会社は独創性に溢れた集団だ。
 2005年から2008年にかけて、日本より多くの新薬を開発したのは、米国と英国の製薬業界だけだった。
 だが、貧しい人たちの病気を治すことにかけては、日本企業の実績はそれほど良くない。

 非営利団体(NPO)のアクセス・トゥー・メディスン・ファウンデーションは、発展途上国の患者のために尽くす製薬会社の努力を追跡している。
 製薬大手20社のランキングでは、最下位6社のうち4社を日本企業が占めている。

 そうした状況が変わるかもしれない。
 11月8日、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)はマラリアと結核とシャーガス病(不気味で人の血を吸うサシガメを介して広まる病気で、死に至る可能性があり、多くの場合、衰弱をもたらす)の治療を促進させるための初の助成金交付を発表した。
 今年設立されたGHITは官民パートナーシップで、アステラス製薬、第一三共、エーザイ、塩野義製薬、武田薬品工業という日本の製薬会社5社が参加している。

 低所得国の医薬品へのアクセスを制限しているという製薬会社に対する批判は千年紀の変わり目にピークに達した。
 人の命を救うHIV治療薬のメーカー数社が、アフリカの患者に手頃な価格で薬を提供することを拒んだことがきっかけだった。
 その結果生じた激しい憤りを受け、製薬会社は方針の見直しを余儀なくされた。
 現在、大半の大手医薬品メーカーは自社を、ともに伝染病と戦う盟友として売り込んでいる。

■GHITが試みる新たなモデル

 それは時として、薬を寄付したり、ジェネリック医薬品のメーカーへの技術ライセンスの供与を意味する。
 また、それ以外のケースでは、新たなワクチンや治療の共同開発を意味する。

 例えば、アクセス・トゥー・メディスン・ファウンデーションの指標で1位にランクされている英グラクソ・スミスクライン(GSK)は来年、規制機関にマラリアのワクチンの認可を求める。
 ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団(同財団はGHITファンドのパートナーでもある)がこの新薬の開発に資金を提供した。

 GHITファンドでは、日本企業5社は少々異なるモデルを試している。
 各社は5年にわたってそれぞれ年間100万ドルを拠出する。
 ゲイツ財団と日本政府からの投資と合わせると、ファンドは1億ドルを超える。

 この資金は、日本と外国の機関のパートナーシップに分配される。
 例えば、大阪大学とウガンダのグル大学の研究員たちは、提案されている別のマラリアワクチンの有効性を高めるために73万5000ドルを受け取る。

 同じようなすべての試みと同様、GHITにとって重要な問題は、新しく作られた薬がいくらになるか、だ。
 GSKは製造原価に5%を上乗せした金額でマラリアワクチンを販売する予定で、その利益は伝染病の研究に当てられるという。

 それでも、一部の提唱者はまだ価格が高すぎるのではないかと心配している。
 元エーザイ幹部で、現在GHITファンドを率いるB・T・スリングスビー氏は、同ファンドの研究プログラムで開発された医薬品は、最貧困国ではロイヤルティなしでライセンス供与されると話している。
 その他の市場では、概ね収支トントンを目指すという。

■いまの援助が将来の利益に

 しかし、これらの企業の善行は長期的な見返りを得られるかもしれない。
 日本勢はしばらく前から、海外で存在感を高めようとしてきた。
 武田薬品は2011年にスイスの医薬品メーカー、ナイコメッドを約140億ドルで買収した。
 2008年には第一三共が50億ドル近く投じ、インドの薬品メーカーのランバクシーを買収したが、ランバクシーはその後、安全性の問題に苦しめられている。

 それと比べると、GHITファンドはずっと小規模で、物議を醸す可能性の低い投資となる。
 だが、日本企業が米国や欧州の一流研究機関と関係を構築し、ゆくゆくは日本の医薬品ブランドを新興国市場の患者と保健省に広めることに役立つだろう。
 いまの援助は将来の利益につながるかもしれないのだ。

© 2013 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。




【気になる-Ⅴ】


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2013年11月21日木曜日

世界が日本流の長期停滞に入る恐れ:世界的な貯蓄過剰という問題

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JB Press 2013.11.21(木)  Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39234

世界が日本流の長期停滞に入る恐れ
(2013年11月20日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 米国のローレンス・サマーズ元財務長官が、楽観論者の残党に大量の冷や水を浴びせかけた。
 先日開催された国際通貨基金(IMF)の年次調査会議にパネリストとして参加したサマーズ氏は、高所得国の経済が世界金融危機以前の通常の状態に戻ることは容易ではないかもしれないと述べたうえで、需要の慢性的な低迷と遅い経済成長という、不安を抱かせる将来像を描いてみせたのだ。

 いわゆる「長期停滞」に陥る可能性を指摘したのはサマーズ氏が初めてではない。
 思慮深いアナリストたちは金融危機以来ずっと、日本の「失われた10年」の二の舞いになるのではという恐怖を感じてきた。
 しかし、サマーズ氏の説明は実に華麗で、見事だった。

■長期停滞を恐れる理由:西方諸国に見られる3つの特徴

 同氏の説明を信じる理由は何か? 
 これについては、西側諸国に見られる3つの特徴を指摘することができる。

①.第1に、2007~08年の世界金融危機からの回復は明らかに弱々しい。
 米国の第3四半期現在の経済規模は危機前のピーク(もう5年以上前の話)を5.5%上回るにすぎない。
 また実質ベースで見た米国の国内総生産(GDP)は危機前のトレンドに対して後れを取っており、両者の差は拡大し続けている。

 しかも、超緩和的な金融政策が取られているにもかかわらず、このGDPの伸び悩みは長期に及んでいる。

②.第2に、金融危機で打撃を受けた国々は、危機の前には住宅価格の急上昇とともにレバレッジの急拡大を(特に金融部門と家計部門で)経験していた。
 いわゆる「バブル経済」である。
 また多くの国々(とりわけ米国と英国)の政府は拡張的な財政政策も取っていた。

 それにもかかわらず、行き過ぎを示唆する明らかな兆候――特にトレンドを上回る経済成長やインフレ率――は英国でも米国でも危機がやって来る前には一切見られなかった。

③.第3に、危機前の数年間には、世界経済が力強い成長を遂げていたにもかかわらず、長期の実質金利が著しく低い水準で推移していた。
 英国では長期の物価指数連動国債の利回りが、アジア金融危機の後に4%近い水準から2%前後に低下していた。
 世界金融危機の後にはマイナス圏に突入している。
 米国の物価連動国債(TIPS)の利回りも、少し後れながら同様な動きを見せていた。

 従って、金融システムの健全性をある程度回復させたり、危機前に積み上がった過大な債務負担を軽減したりするだけでは、完全な景気回復は実現しそうにない。
 
 なぜか? 

 それは、世界金融危機の前に見られた金融の行き過ぎが以前からの構造的な弱さを覆い隠していたから、あるいは筆者が論じてきたように、この行き過ぎ自体がそうした弱さに対応して生じたものであったからだ。

■世界的な貯蓄過剰という問題

 そうした弱さの1つに「世界的な貯蓄過剰」がある。
 これは「投資不足」と言い換えてもよい。
 低い実質金利がその何よりの証拠だ。
 生産的な投資を探し求めている貯蓄の方が、その貯蓄を利用する生産的な投資よりも多かったということだ。

 貯蓄過剰のしるしは「グローバルインバランス(世界的な経常収支不均衡)」にも表れていた。
1).東アジアの新興国(とりわけ中国)、
2).石油輸出国
3).およびいくつかの高所得国(とりわけドイツ)
による巨額の経常収支黒字(資本の純輸出)のことだ。

 これらの国々は、世界のほかの国々に差し引きでプラスの貯蓄を供給することになった。
 金融危機前はそうだったし、今日でもこの構図は変わっていない。

 世界金融危機が起きる前は、世界の過剰な貯蓄の大部分を米国が吸収していたが、生産的な投資に使われたわけではなかった。
 低利の資金を容易に借りられたにもかかわらず、米国の設備投資のGDP比は2000年以降低下した。
 この低下の理由の1つは、投資財の相対価格が下落したことにあった。
 実質ベースで見た設備投資のGDP比は安定していたが、名目ベースで見た比率は低下しているのだ。

 また、2000年直前の株式バブルの時を除けば、企業は設備投資の資金を自らの貯蓄から捻出しており、外部から調達する必要がなかった。

 そのため、米国に輸入される貯蓄は、家計部門と政府部門の借入という形で使われた。
 ところが、所得格差が拡大したことにより、家計部門の借入超過(つまり、貯蓄よりも借入の方が多い状態)に頼ることはさらに難しくなった。

 ほかの条件が同じであれば、この状況では家計部門の貯蓄は増えるはずだ。
 お金持ちは支出以上の所得を得ることが多く、さらにお金持ちになるにつれてさらに貯蓄をすることが多いからだ。

 この問題に対する(一時的な)解決策は、お金持ちでない人をそそのかして返済能力を超えた借金をさせ、支出を続けられるようにすることだった。
 しかし、2007~08年の金融危機でこの手法は破綻した。

 要するに、世界経済は、たとえ金利が極めて低くても企業が使いたいと思う以上の貯蓄を生み出してきたわけだ。
 これは米国だけでなく、大半の主要高所得国に当てはまる。

 こうして過剰貯蓄は足元の需要の制約になった。
 だが、これは投資の鈍さと関係していることから、将来の供給の伸びが鈍いことも意味している。
 この問題は危機以前から存在していたが、危機で一段と悪化した。

■長期停滞を回避するためになすべきこと

 では、何をすべきなのか? 
 投資に対する望ましい貯蓄の過多に対する1つの対応は、実質金利のマイナス幅を大きくすることだ。
 一部のエコノミストがインフレ率を引き上げるべきだと主張しているのは、このためだ。
 だが、それはたとえ政治的に容認できたとしても、達成するのが難しい。

 アンドリュー・スミザーズ氏が著作『The Road to Recovery(回復への道)』で強調したもう1つの可能性は、企業投資を妨げる障害に真正面から取り組むことだ。
 同氏が挙げる一番の元凶は、経営陣を生産的な投資を増やすよりも自社株買いを通じて株価を操作するよう促す「ボーナス文化」だ

 スミザーズ氏が考察し、多くのエコノミスト(筆者自身も含む)が支持する、また別の可能性は、今日の過剰貯蓄を資金源として利用して、公共投資を大幅に拡大させることだ。
 これは部分的に低炭素成長へのシフトと結びつけられるかもしれない。

 もう1つの可能性は、絶好の投資機会が存在するに違いない新興国・発展途上国への資本移動を促進することだ。
 これだけ膨大な世界の貯蓄が、一見したところ投資機会が存在しない場所にチャンスを求め、投資機会が存在すると期待される場所を避けることは意味をなさない。

 高所得国にただの金融危機以上のことが起きたという根本的な主張には説得力がある。
 また、こうした国での設備投資の急増がどうにかして世界の過剰貯蓄を吸収するとは考えにくい。
 結局のところ、人口が高齢化し、賃金が高く、経済が停滞している国々で、そんなことが起きると考える理由などあるだろうか? 

 危機が高所得国にもたらしたダメージは大きいが、これらの国はそれよりずっと大きな問題に直面する。
 かなり長期にわたり弱い需要と貧弱な供給が続く未来に向かうかもしれないのだ。

 つまり、最善の対応は、生産的な民間投資および公共投資を増やすことを目指した策だということになる。
 そう、確かにミスは起きるだろう。
 しかし、貧しい未来のコストを受け入れるよりは、ミスを犯すリスクを取った方がいい。

By Martin Wolf
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【気になる-Ⅴ】


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